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-DOMAINE YUMEMI-
夢 見 屋
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INTERNATIONAL vol.28
INTERNATIONAL (48) 1996年11月29日 臨時国会が召集され、衆参両国会議員が国会議事堂に集結した。 開会式の後、衆参両院の本会議にて、阪本竜蔵内閣総理大臣の所信表明演説が行われ、衆参両院ともにこの所信表明の後、直ちに本会議は散会となった。 次回の本会議は、週明けの12月2日で、実質的にこの日が、与野党・各会派の思惑が交錯する攻防戦の幕開けとなる。 自優守護党の聖和会の事務所では、所属メンバーたちが入れ替わり立ち替わり会長の八塚治と挨拶を交わしていた。 去る11月7日の特別国会で、自優守護党総裁の阪本竜蔵が内閣総理大臣に任命され、組閣人事と自優守護党の執行部人事が確定したことを受けて、自優守護党の国会議員たちが、派閥の垣根を越えて、自優守護党の要職に就いた幹部たちに挨拶して回り、表向きの礼儀を通し終えていた。 今日は、聖和会内部だけの形式的な確認作業、この臨時国会と年を跨いでスタートする通常国会に向けて、挨拶がてらに各々の役割とそれに伴う動きなどを確認し共有し合う場が設けられていた。 聖和会所属のメンバーたちは

夢見操一
1 日前読了時間: 7分


INTERNATIONAL vol.27
INTERNATIONAL (47) 1996年11月15日 インターナショナル堂楽園ホテルの鉄板焼きは、憶測と戸惑いが行き場を失い、店内を交錯しながら飛び回っていて、落ち着きのない空気感に包まれていた。 その原因は、20分ほど前に来店した辻井元高が女性と同伴だったことに端を発している。 去る1996年11月8日、坂井琢郎は新聞の記事を見て、辻井元高が新内閣において通商産業政務次官の職を外れたことを知って不安を覚え、複雑な心境でインターナショナル堂楽園ホテルに出勤した。 従業員全員が国会議員の辻井元高のポジションなどを気にしているわけではないが、幹部をはじめ、このホテルと辻井元高の真の関係を知る者たちは、動揺や戸惑いなどで各々の職務に影響がでる可能性もあるだろう。 坂井はそう考えていたが、いざ出勤してみると、従業員たちはいつも通りで、何の変化も見られなかった 坂井は「ちょっと考えすぎたかな」と思い直して、平静を保ちこの一週間を過ごしてきたのである。 だが、まさに今!!! このホテルは騒然とした空気に包まれている。...

夢見操一
3月18日読了時間: 6分


INTERNATIONAL vol.26
INTERNATIONAL (46) 1996年11月8日 昨夜遅くから小雨が降ったり止んだりしていて、どこか重苦しさを感じる朝だった。 坂井琢郎は自宅で出勤支度を整えて、購読の新聞に目を通していた。 一面記事は、昨日発足した第2次阪本竜蔵内閣の組閣人事が大きく取り上げていて、国務大臣と長官の面々の顔写真が並んででいた。 坂井はそんな一面記事を受け流すようにめくって、二面記事を凝視した。 二面では、国務大臣の下に配置される政務次官等の顔ぶれが列挙されている。 「ーーあれっ・・・」 坂井は目を開いて、何度も繰り返してメンバーの顔ぶれを確認している。 「ーー辻井先生の名前が見当たらない・・・」 坂井は首を傾げながらも、またメンバーの顔ぶれを確認した。 坂井が勤務しているインターナショナル堂楽園ホテルの名誉顧問である辻井元高の名前は無かった。 「ーーなんで? これって、どういうこと・・・?」 坂井は一抹の不安を覚えていた。 坂井は、上司でこのホテルの統括部長の武田勇からこのホテルの裏の顔と実態を聞かされてから、とにかくこのホテルか

夢見操一
3月15日読了時間: 4分


INTERNATIONAL vol.23
INTERNATIONAL (42) 1996年10月24日 坂井琢郎は梅田2丁目の西阪神ビルを背に大阪中央郵便局を見ていた。 快晴で気温が25度を超える暖かさだが、北東から吹いてくる風が心地よく感じる。 坂井はアルシオ・インターナショナルの開業準備室から出てきたばかりだった。 坂井は、採用試験の第2ステップ、面接試験を終えて、気持ちが軽くなっていた。 以前、面接試験を受けた神戸のホテルと泉佐野のホテル、そして、今回の面接試験は、3社とも同じような内容で、特に緊迫した空気は感じられず、経歴と希望職種に関する話やホテル業界の現状と市場の動向など、第1ステップとは真逆と思える内容だった。 面接試験の担当者は千葉(チバ)と名乗った。体格は坂井の倍以上、ホテルマンとは思えない豪腕格闘技さながらの風格を持っているが、朗らかで温もりを感じさせる雰囲気の男性だった。 坂井はぼんやりと考えていた。 ーーあの第1ステップの電話でのやりとりで、何を審査していたのだろう? 10月下旬なのに夏日、だが北よりの風が心地よくて、物思いにふけるには丁度いい

夢見操一
2025年12月21日読了時間: 8分


INTERNATIONAL vol.22
INTERNATIONAL (41) 1996年10月23日 アルシオ・インターナショナルの採用試験の第1ステップをクリアした坂井琢郎は、第2ステップの面接試験のことで頭が一杯になっていた。 気持ちはすべてアルシオ・インターナショナル!!! と言っても過言ではない。 だが、このことは誰にも話していない。 もし、口を滑らせて、インターナショナル堂楽園ホテルの誰かに話してしまったら、 ほぼ確実に坂井の計画は潰されるだろう!!! 坂井はとにかく逸る気持ちを押さえて、日々の業務を遂行していた。 去る1996年9月27日に衆議院が解散された後、衆議院議員総選挙に向けた各党の動きがメディアで報道されていた。 坂井も以前とは違い、衆議院議員総選挙に意識を向けるようになっていた。 その切っ掛けは、辻井元高の影響だった。 まだこのホテルの裏の顔と正体を知らなかった坂井は、このホテルのVIPゲストの辻井が参議院議員で、しかも現職の通商産業政務次官でもあり、さらに辻井の話題が国政に関わることが多かったことに感化されて、政治や選挙を意識するようにな

夢見操一
2025年12月21日読了時間: 7分


INTERNATIONAL vol.21
INTERNATIONAL (37) 1996年9月26日 住友博史は事務室で菅沼尚人厚生大臣の記者会見を観ていた。 今日、厚生省が発表した堺市学童集団食中毒事件の最終報告に関する記者会見である。 住友は、「一旦、カイワレでカタをつけるってことか・・・」とつぶやいた。 住友は今でも、カイワレは利用されただけで、この真相は羽曳野と朝河グループを狙ったテロ事件だ、と思っている。 住友が作成した調査報告書は菅沼に委ねていたが、その後、住友の調査報告書に関して音沙汰がなく、今、堺市学童集団食中毒事件の真相は、厚生省の最終報告によって、闇に葬られようとしている。 住友は「堺市学童集団食中毒事件に関してよけいなことをするな」と宮岸善正から釘を刺されていて、動きを封じられている状態だった。 住友は、住友自身が作成した調査報告書のことを宮岸に伝えていない。 だが、宮岸から釘を刺された。 そもそも宮岸から住友へ与えられたミッションは、菅沼の動きを監視して、菅沼が自爆するように仕向けることだった。 あろうことか、8月の堺市学童集団食中毒事件の中

夢見操一
2025年12月21日読了時間: 7分


INTERNATIONAL vol.19
INTERNATIONAL (32) 1996年8月23日 坂井琢郎が目を覚ました。 頭の中がぼーっとして、記憶も朧気で、昨夜のことが思い出せない。 「ん・・・」 坂井は身体を起こして、ベッドではなくソファーで寝ていたことに気がついた。 昨夜は、帰ってきて、とりあえずソファーに腰を下ろして、 「・・・」 そのまま寝落ちしたようだ。 坂井は時計を見た。 「げっ、もう昼じゃん」 坂井はまずシャワーを浴びて、頭をすっきりさせようと思い、バスルームへ向かう。 身体がフワフワして、力が入ってこない。 坂井は無気力状態だった。 厚手の遮光カーテンを開けて、レースだけにすると、リビングはとても明るい。 坂井はシャワーを浴びて、トランクスだけの姿でソファーに座り、バスタオルで上半身を拭いていた。 リビングの中央にガラスのローテーブルがあり、ローテーブルを挟んでソファーとテレビ台、そして、カラーテレビはブラウン管方式の21型だった。 リビングにあるのはこれだけだった。 リビングとダイニングを仕切る引き戸は全開にしていて、繋がった状態に

夢見操一
2025年12月19日読了時間: 6分


INTERNATIONAL vol.18
INTERNATIONAL (31) 1996年8月22日 高級ラウンジ『ルージュ・セリーズ』では、武田勇と徳永学、坂井琢郎が話している。 坂井は、インターナショナル堂楽園ホテルと国会議員の辻井元高の関係を知り、茫然としているが、胸の内では考えごとをしていた。 ーー普通、こんなとんでもないホテルの名誉顧問なるかな? いや、カネのためだったら何でもやるってことか・・・それとも、他の誰かの差し金ってこともあるよるよな。 坂井にはどうも腑に落ちない話だった。 「坂井、なんやぼーっとして・・・」武田勇が声をかけた。 「いえ、あの、辻井先生は個人的に名誉顧問をされてるんですよね」 坂井は辻井の立ち位置を確認してみた。 「個人なわけないやろ」武田は否定し、「窓口は自優守護党の聖和会や」と告げた。 坂井は自優守護党は知っているが、聖和会がなんなのかわからなかった。 1979年1月24日。自優守護党の保志田武夫と保志田のブレーンたちによって、聖和会が結成された。 その結成の祝いとして、政治献金が、在日カレノフ総連と在日コレシュド民主団から提供さ

夢見操一
2025年12月18日読了時間: 6分


INTERNATIONAL vol.17
INTERNATIONAL (30) 1996年8月22日 インターナショナル堂楽園ホテルの真南、約500メートルの場所にある高級ラウンジ『ルージュ・セリーズ』では、武田勇と徳永学、坂井琢郎がボックス席に座って何やら話している。 先ほどまでボックス席で同席していた4人のホステスは待機室に戻り、ホールの端に立っているママの刈谷麗華が3人の様子を覗っていた。 坂井は、ホテルの資金の大本がカレデュノフ共和国だと聞かされ、唖然としていた。 「坂井、これで驚いてどうするんや。話はこれからや」 武田は坂井にはっぱをかけた。 「すみません。予想外だったんで、つい」 坂井は気を取り直した。 「まずな、ウチの社長と常務のことを知っとかなあかん」 武田が話し始めた。 「確かにそうですね」 坂井は社長と常務のことをよく知らなかった。 「ウチの社長は、カレデュノフ共和国の国家主席ジムギルソンの側近で、カレノフ労働党の対日戦略部隊の幹部、さらに、在日カレノフ総連の幹部で、その組織のナンバー2なんや」 武田が社長の素性を話す。 「・・・」坂井は、いきな凄い

夢見操一
2025年12月18日読了時間: 7分


INTERNATIONAL vol.16
INTERNATIONAL (29) 1996年8月22日 坂井琢郎がインターナショナル堂楽園ホテルに入社してから3ヶ月が経っていた。 堺市で発生したO157による集団食中毒に関する騒動はまだ落ち着いていないが、このホテルも坂井が担当する鉄板焼きも、以前と変わりのない営業が続いていた。 今日は統括部長の武田勇から「仕事が終わったら飲みに行こう」と誘われている。 坂井がこのホテルに入社してからの3ヶ月、武田から誘われたことは1度もなかった。 入社して3ヶ月は試用期間で、これで正式に社員として迎えられたということだろう。 坂井はそう思っていた。 坂井が入社してから、鉄板焼きの売上は右肩上がりで、特に飲料売上の伸び率は、他の飲食店舗とは比べものにならないほど高く、営業会議で高い評価を得るほど順調に運んでいた。 鉄板焼きの片付けが終わり、坂井は私服に着替えてロッカールームを出た。 従業員用の通用口を出で通路を上ったところで、武田と宿泊部のマネージャーの徳永学(トクナガマナブ)が待っていた。 徳永は坂井と同じぐらいの身長だが、体型は武

夢見操一
2025年12月18日読了時間: 7分


INTERNATIONAL vol.14
INTERNATIONAL (25) 1996年8月7日 厚生政務次官の住友博史は、O157による堺市学童集団食中毒に関する独自調査と検証を行ってきた。 住友が政務次官という立場上、厚生省のO157食中毒研究チームによる調査と検証の進捗状況などを把握できるため、口外しないが参考にしていた。 だが、どうもしっくりこないことだらけで、何か別のファクターが隠されているように感じられて、それが何なのか考え続けていた。 そして、ある1つの仮説が浮かびあがてきたのである。 今、住友はその仮説を厚生大臣の菅沼尚人に伝えるためにレポートを作成している最中だった。 ーーこれらは単なる食中毒ではなかった・・・ 厚生政務次官 住友博史の仮説「O157集団食中毒多発テロ事件」 背景:羽を曳くが如く(権力で構築された特異体質の町) *なぜ羽曳野のカイワレなのか? 堺市学童集団食中毒を事件として捉えると、この事件の首謀者の狙いが朧気に見えてくる。 首謀者の真の狙いは堺市ではなく羽曳野で間違いないだろう。 厚生省の調査で、羽曳野の農園で栽培され出荷されたカ

夢見操一
2025年12月16日読了時間: 9分


INTERNATIONAL vol.13
INTERNATIONAL (22) 1996年7月25日。 堺市の学童集団食中毒発生から10日余りが過ぎても、集団食中毒の余波が居座り続けていて、快晴であるにも関わらず、重苦しい空気が漂っていた。 インターナショナル堂楽園ホテルの鉄板焼きでは、ランチタイムの準備が整い、開店時刻を待っている状態だった。 今週の月曜日(22日)からホテル観光専門学校の学生の現場研修が始まり、このホテルでも数人の学生を受け入れていた。 その学生の1人、筒井素子(ツツイモトコ)1年生が鉄板焼きで研修することになり、主として坂井琢朗が筒井の担当を受け持つことになった。 だが、鉄板焼きは焼き手がメインであもり、接客しながら客の目の前で調理をするという業務については、篠崎啓二に説明してもらうことにした。 篠崎に依頼した理由は、シェフの窪田誠司は真面目を絵に描いたような性格で、専門学校に入学してまだ4ヶ月にも満たない女子学生にはちょっと固すぎる。 また、スーシェフの川崎紀夫に依頼した場合、鉄板焼きではなくパリ・タイユヴァンの武勇伝を熱く語る可能性がかなり高いと

夢見操一
2025年12月15日読了時間: 8分


INTERNATIONAL vol.11
INTERNATIONAL (16) 1996年6月19日 正午すぎ 鉄板焼きのAカウンターで連泊中の夫妻が鱧料理を堪能している。 窪田誠司が夫妻の様子を覗いながら、米沢牛を焼き始めていた。 この鱧料理とは、今が旬の鱧の落としと焼き霜造りの盛り合わせで、日本料理のカウンターを任されている寿司職人の佐藤正がつくった料理である。 ランチタイムだが、この夫妻は今月のおすすめコースをオーダーした。 前菜、鱧料理、米沢牛のサーロイン、焼き野菜、ガーリックライス、デザート、珈琲という内容である。 鉄板焼きと日本料理の関係は微妙で、去る6月6日、女将の沢口多恵子が坂井琢朗を洗い場に入れて皿洗いをさせたことに激怒したように、客の前では見せないが、鉄板焼きの焼き手は、日本料理と関わりを持たないスタンスを保ているようだ。 だが、派遣の寿司職人とは仲が良すぎるほど、毎月、寿司職人とのコラボメニューをつくって積極的に提供している。 プライベートのつきあいは他所にして、業務においては、焼き手は日本料理の板前と水と油の関係で、サービススタッフに関しても、鉄

夢見操一
2025年12月14日読了時間: 9分


INTERNATIONAL vol.10
INTERNATIONAL (15) 1996年6月6日夜。 坂井琢朗は日本料理の洗い場で皿洗いをしていた。 今日は、主任の大谷正彦が公休のため、坂井が日本料理のフォローに入った。 状況を見ながら、鉄板焼きと日本料理を行き来することになる。 そんな日に問題が発生した。洗い場のパートの女性が急病のため欠勤したのだ。 今日は、座敷が全室予約で埋まっていて、サービススタッフを洗い場に配置することができない状況だった。 そこで、坂井に白羽の矢が立てられたのだ。 ーー洗い場か・・・何年ぶりだろう? 坂井が大阪のホテルのアルバイトを始めたのは1986年の6月で、洗い場に配置された。 皿洗いという下積みから立派なホテルマンに昇りつめようなんて思ってもいなかった。 その当時は、言われたことをやるだけで精一杯だったことを思い出す。 レストランと宴会場をたらい回しにされて、洗っても洗っても追いつかないほど、忙しい毎日だった。日本の経済が、バブル景気へ向かってまっしぐらという状況だったことを思えば、あの頃の忙しさは当然だったのだろうと納得できる

夢見操一
2025年12月14日読了時間: 12分


INTERNATIONAL vol.9
INTERNATIONAL (13) 1996年5月31日夜(つづき) 滝澤がバーへ戻った後、坂井は辻井元高と窪田誠司のやりとりを覗っていた。 先生と呼ばれる辻井が何者なのか、未だに不明で、坂井は早く知りたい気持ちに駆られていた。 そこへ、日本料理の女将、沢口多恵子が入って来て、 「先生、ウチに内緒でしれっと肉食べとるとは、お人が悪いでんな」と声をかけた。 「おっと、見つかってしもたか・・・」辻井は顔をしかめて、 「今夜こそ、落ち着いて極上の肉を味わおう思てたのに、ぶち壊しや!!!」と断罪した。 「なにをいうてまんねん。首をなご~してウチが来るんを待ってたくせに」 沢口は怯むことなく「正直にいうたらどうや、ウチに逢いたかったって!!!」と反撃した。 「そんなアホなこと、口が裂けてもいわんわい!!!」辻井も応戦した。 辻井はグレーのスーツ姿でノーネクタイ、恰幅が良くて、ふっくらした顔立ち、髪はオールバック、やや目と眉が垂れ気味で、一見、愛嬌が良い紳士のようである。 沢口はワインレッドの着物と薄いピンクの袋帯、どちらも垂れざくらが奥ゆか

夢見操一
2025年12月12日読了時間: 8分


INTERNATIONAL vol.8
INTERNATIONAL (11) 1996年5月31日午後。 ランチタイムが終了し、鉄板焼きは静まり返っていた。 窪田誠司と篠崎啓二は休憩に出ていて、加藤光輝が厨房で食材の仕込みをしている。 ランチの片づけを終えた坂井琢朗は、ホテルの3階にある営業企画部へ新しいワインリストを受け取りに行った。 インターナショナル堂楽園ホテルの3階は、宴会場とメイン厨房、宴会サービス課でほぼ占められている。 そんな3階の片隅に営業企画部がある。 窓が多くて明るい部屋に入ると、ホテルの総合パンフレット、期間限定プランの案内、ブライダル、パーティー、講演会、ミーティングなどの宴会場関係の案内、レストランの案内などが一式並んでいる。 坂井はその前を通り過ぎて、稲田有里子(イナダユリコ)のデスクへ近づいた。 「坂井さん、なんとか間に合いましたね」 稲田がホッとした表情で言う。 稲田は34歳、1984年に開業したこのホテルの一期生で、営業企画部に配属されてからずっと営業企画部で勤務しているという。 「ありがとうございます。急なお願いで、すみませんでし

夢見操一
2025年12月11日読了時間: 8分


INTERNATIONAL vol.7
INTERNATIONAL (10) 1996年5月31日。 下野投利(シモツケトウリ)銀行の大阪支店の特別膣に案内された竹井剛三は、赤茶色のレザーカバーに包まれたソファーに腰を沈めた。 余計な装飾をしていないシンプルな部屋は、とても『特別室』とは言い難い殺風景な空間を描いていた。 竹井は株式会社日本都市開発クリエイトの社長で、インターナショナル堂楽園ホテルを経営している。 取引をしているメインバンクは下野投利銀行で、頭取の深江寿夫(フカエヒサオ)とは、深江が大阪支店長だった頃から親しい間柄である。 「竹井社長、お待たせしたしました」 支店長の榊原邦憲(サカキバラクニノリ)が竹井に挨拶して、同じようにソファーに腰を沈めた。 「支店長。なんや急に、ここの雰囲気が変わってしもうたね」 竹井がローテーブルに両肘をつけて両手を組み、前のめりで榊原を凝視して、 「例の件でお宅も大変そうやな」と口火を切った。 榊原は怯むことなく、「いえ、今まで通り、頭取がなんとかするでしょ」と、竹井の心配を払拭する。 例の件とは、下野投利銀行が創業して以来

夢見操一
2025年12月10日読了時間: 10分
INTERNATIONAL vol.5
INTERNATIONAL (8) 1996年5月13日。天候は晴れ、南よりの風に雲が流されていて、時折、陽射しが途切れることもあるが、過ごしやすい天候だった。 坂井琢朗は地下鉄御堂筋線の心斎橋駅から地上に上がり、心斎橋筋北商店街に入った。 濃紺のスーツと白のワイシャツ、ブルーのネクタイ、黒の革靴という姿で、髪は六四に分けてバックに軽く流す感じで、襟足を軽く刈り上げている。 坂井がホテルで勤務する時のヘアスタイルである。 坂井が南船場に来るのはこれが初めてだった。 これからインターナショナル堂楽園ホテルで恩師の武田勇と会う約束をしている。 手にぶら下げている黒のハンドバッグの中に履歴書を5セット入れている。 武田に履歴書を預けて、あわよくば、どこか大阪のホテルを紹介してもらえたらラッキーかなと、ささやかな期待を抱いて持ってきたのである。 坂井はインターナショナル堂楽園ホテルで働こうなんてことは微塵も考えていない。 あの1991年4月の武田の浮気疑惑で、武田に嘘の証言をさせられて、奥様を傷つけてしまっただけでなく、奥様に助けても

夢見操一
2025年12月9日読了時間: 9分
INTERNATIONAL vol.4
INTERNATIONAL (7) 坂井琢朗が1996年4月11日にフランスから帰国してからは、あまり焦らないように再就職に向けて情報集をしていた。 ゴールデンウィークが明けてから神戸のホテルを訪れて、チーフソムリエと会い、フランスのワイン産地を巡る旅に協力してくれたことへのお礼を伝えて、ささやかなお土産を渡した。 その時、震災後、ホテルが営業を再開するにあたって新たに就任した料飲部支配人から復職の打診があった。 坂井は復職も考えたが、また神戸に引っ越ししなければならないというリスクを考えると、再雇用の条件が悪すぎるため辞退した。 その後、大阪のシティホテルの求人に応募したが、採用には至っていなかった。 坂井は、現実は厳しいと感じていた。 フランスから帰国してから早1ヶ月が過ぎた1996年5月12日のこと、恩師の武田勇(タケダイサム)から電話がかかってきた。 「その後、どうや? 再就職見つかったか?」 武田は坂井の現状を心配してくれている様子である。 「いくつか応募したんですけど、まだ採用には至ってません」 坂井が現状を伝えると、

夢見操一
2025年12月5日読了時間: 9分
INTERNATIONAL vol.3
INTERNATIONAL (6) 1996年4月12日。聖和会事務所。 白川政次郎(シラカワマサジロウ)は白髪が増えた髪を七三に分けて縁なしの眼鏡をかけている。 今年の10月に75歳になるが、健康で元気なシニア世代を象徴する衰えを感じさせないオーラを放っている。これも自優守護党の総務会長というポジションがそうさせているのだろう。 「今日の本題は、カレデュノフ共和国との国交正常化交渉の件で秘密裏に進めている計略のことなんだが、先月に竹丸先生がお亡くなりになり、一昨年には、相手側の国家主席も亡くなっているいう現状を踏まえて、今後の動きを確認するために集まってもらったんだ」 現在、実質的に頓挫状態になっている国交正常化交渉を進める上で、聖和会が日本の代表団を率いて国交正常化を実現させることを目的として密かに動いていた。 大泉純三(オオイズミジュンゾウ)は、今年の1月に54歳になったばかりで、やや細めで目尻にキレがあり、眼力が強くて、光沢のある黒髪も眉も鼻筋も存在を主張するが、薄めの唇が上手くバランスを取っている色男が、今ここに集まっている聖

夢見操一
2025年12月5日読了時間: 5分
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