INTERNATIONAL vol.26
- 夢見操一

- 3月15日
- 読了時間: 4分
更新日:3月16日
INTERNATIONAL
(46)
1996年11月8日
昨夜遅くから小雨が降ったり止んだりしていて、どこか重苦しさを感じる朝だった。
坂井琢郎は自宅で出勤支度を整えて、購読の新聞に目を通していた。
一面記事は、昨日発足した第2次阪本竜蔵内閣の組閣人事が大きく取り上げていて、国務大臣と長官の面々の顔写真が並んででいた。
坂井はそんな一面記事を受け流すようにめくって、二面記事を凝視した。
二面では、国務大臣の下に配置される政務次官等の顔ぶれが列挙されている。
「ーーあれっ・・・」
坂井は目を開いて、何度も繰り返してメンバーの顔ぶれを確認している。
「ーー辻井先生の名前が見当たらない・・・」
坂井は首を傾げながらも、またメンバーの顔ぶれを確認した。
坂井が勤務しているインターナショナル堂楽園ホテルの名誉顧問である辻井元高の名前は無かった。
「ーーなんで? これって、どういうこと・・・?」
坂井は一抹の不安を覚えていた。
坂井は、上司でこのホテルの統括部長の武田勇からこのホテルの裏の顔と実態を聞かされてから、とにかくこのホテルから脱出しようと思い、来春に大阪で開業を予定しているアルシオ・インターナショナルの採用試験に挑戦し、第一ステップと第二ステップをクリアして、第三ステージの面接に進める手応えを実感し、面接の日程の連絡を待っている状況だった。
「ーーもしかして、辻井先生が外されたってこと?」
坂井の頭の中で負の連鎖が渦を巻き始めて、
「ーーこのホテル、ヤバいんじゃないの・・・」
と警察のガサ入れのイメージが浮かび上がってくる。
武田は坂井に、「現職の通商産業政務次官の辻井先生が名誉顧問だから、警察はこのホテルに手出しできない」と話し、「大丈夫だ!!!」と豪語した。
「ーーいや、いや、いや・・・」
坂井は首を振って、
「ーー今、このホテルの闇が暴かれたら、一巻の終わりじゃないか・・・」
と額に手を当てた。
武田勇の話だけを真に受けるなら、辻井元高は国会議員の中でもかなり力を持っていると考えられる。
だが、坂井琢郎は実質的に政界に関して無知であり、辻井が所属する自優守護党と派閥の聖和会での立場やインターナショナル堂楽園ホテルと運営母体の日本都市開発クリエイトとの真の関係についてはまったくわからない。
ただ、これだけは言える。
今、このタイミングで、警察によってこのホテルの闇と実態が暴かれたら、坂井の「このホテルからの脱出計画」が頓挫することになるだろう。
なぜなら、このホテルがやっていることは明白な犯罪だからだ。
このホテルの従業員たちは、このホテルの犯罪行為を知っていても知らなかったとしても、この犯罪行為に加担している以上、罪に問われることになる。
これが刑法!!!
坂井が一番恐れていた状況、そのイメージが頭に中で猛威を振るっている。
このホテルに警察の捜査が入り、報道等によって、このホテルの闇と実態が世間に晒さられば、世界最上級とも称されるアルシオ・インターナショナルが、坂井を採用することはないだろう。
「ーーここまで順調だったのに・・・なんで・・・」
坂井琢郎は新聞を閉じて立ち上がった。
「これから出勤か・・・従業員たちはどんな顔して出勤するんだろう・・・」
坂井は、インターナショナル堂楽園ホテルという「善悪の彼岸」に住まう従業員たちと平静を装って職務を全うできるのかどうか、複雑な心境に包まれながら自宅を出た。
南海電鉄の急行で難波駅へ向かう坂井琢郎の心内は、窓から見えるどんよりとした空のように沈んでいる。
武田勇からインターナショナル堂楽園ホテルの裏の顔と実態を聞かされてから、坂井は「何も聞いていない、何も知らない」という姿勢に徹して職務に携わっている。
顧客が多い鉄板焼きで、今まで通りのおもてなしをして満足していただき、代金を頂戴する。
「また来るよ」とリピートの確約を受けて、
「ありがとうございました。お気をつけていってらっしゃいませ」と、エレベーターホールでお見送りをする。
この瞬間、坂井の心は良心の呵責に苛まれるのだ。
「ーーこの売上がカレデュノフ共和国に送金されている。浄化されたキレイなカネとして・・・」
坂井は、今日もまた同じことが繰り返されることに心を悩ませるばかりであった。

この物語はフィクションです



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