top of page

INTERNATIONAL vol.14

  • 執筆者の写真: 夢見操一
    夢見操一
  • 12月16日
  • 読了時間: 9分

INTERNATIONAL


(25)


 1996年8月7日

 厚生政務次官の住友博史は、O157による堺市学童集団食中毒に関する独自調査と検証を行ってきた。

 住友が政務次官という立場上、厚生省のO157食中毒研究チームによる調査と検証の進捗状況などを把握できるため、口外しないが参考にしていた。

 だが、どうもしっくりこないことだらけで、何か別のファクターが隠されているように感じられて、それが何なのか考え続けていた。

 そして、ある1つの仮説が浮かびあがてきたのである。

 今、住友はその仮説を厚生大臣の菅沼尚人に伝えるためにレポートを作成している最中だった。

 ーーこれらは単なる食中毒ではなかった・・・



厚生政務次官 住友博史の仮説「O157集団食中毒多発テロ事件」


背景:羽を曳くが如く(権力で構築された特異体質の町)


*なぜ羽曳野のカイワレなのか?


 堺市学童集団食中毒を事件として捉えると、この事件の首謀者の狙いが朧気に見えてくる。

 首謀者の真の狙いは堺市ではなく羽曳野で間違いないだろう。

 厚生省の調査で、羽曳野の農園で栽培され出荷されたカイワレがO157に汚染されていたと聞いているが、そもそも、O157の宿主は牛である。

 羽曳野のこの農園から北西におよそ6キロ離れた場所に市立畜場ミートセンターがあり、数多くの牛が飼育されている。

 日本の食肉業界のドンと称される朝河充(アサガワミツル)が全国展開する畜産牛と食肉卸事業の事業所とグループ会社もこの畜場ミートセンターを利用している。

 そもそもこの地は、朝河の父が食肉卸事業を開始した朝河家一族の縁の場所である。

 父の事業を株式会社にして、さらに全国展開する朝河グループへと成長させたのも朝河の才能と力によるもので、朝河は日本の食肉業界に多大な影響力を持っていた。

 そんな朝河が牛耳っていると言っても過言ではない市立畜場ミートセンターで発生する汚染水が外部に漏れたとしても、立地上、羽曳野のカイワレ農園が直接影響を受ける可能性はかなり低いと考えられる。

 だが、カイワレがO157に汚染されていたのでれば、これはまさしく人為的な悪意と捉えるべきであり、首謀者の存在を探ることの意義と重要性を軽視してはならない。


 さて、この首謀者をTと仮称して、話を進めることにする。

 羽曳野にとって、食用牛の飼育と精肉、食肉の卸売を一貫して行う事業を担っている市立畜場ミートセンターは、超を冠する重要な産業と位置づけられていて、1994年に畜場と精肉加工場を兼ね備えたミートセンターとしてリニューアルされた。

 この施設のリニューアル工事を請け負ったのは南栄興産だった。

 南栄興産は朝河グループのもう一つの顔、土木建築業と金融業を担うグループ企業で、朝河の同族が経営する裏社会と強い関係を持つ会社だった。

 元々、この地区は朝河が解放同盟の副支部長を務めていたこともあり、この地区での朝河の影響力は絶大なもので、市長の福山権三(フクヤマゴンゾウ)の選挙事務所もこの朝河グループが所有する敷地にあり、朝河と福山との関係も、親密を超えてズブズブの状態であった。

 この地区に牛の畜産業者や食肉の加工業者などの関連企業を誘致する役目を一手に握るだけでなく、市の公共事業の利権も一手に握る朝河の存在により、羽曳野での事業の整備や拡大など物事が円滑に進行していくという特異体質の町が構築され、この体質にすり寄り富を得ようとする事業者が数多く存在しているのである。

 朝河はまさに羽を曳くが如く自らの勢力を拡大させたのであった。


発端:莫大な利権


 1995年12月。伊勢湾東部沖を中心に飛行テストが行われた。

 この場所は1989年に中部国際空港の建設予定地として選定されていた。

 1回目のテスト飛行が行われたことで、中部国際空港の建設に関する今後の動向に注目が集まった。

 朝河充は、建設予定地が選定されから利権を巡る動きを注視していた。

 朝河は実弟である照嗣(テルツグ)と英隆(ヒデタカ)に南栄興業を任せていた。

 弟二人は裏社会で神戸を拠点に絶大な勢力を持つ組織に属していたが、引退後は、羽曳野に戻り朝河の事業を手伝っている。

 その経緯で、現在も属していた組織と関係を持ち、利権がらみで共闘している。

 朝河自身もその組織の五代目と親交が深く、五代目の妻を朝河グループの取締役会に招き入れていた。

 そんな朝河と朝河グループを良しとしない人物こそがTであり、Tに賛同する者たちを含めてTグループと仮称する。羽曳野では、朝河につかなければ仕事がとれないという現実の中で、朝河グループに反感を持っている者たちが存在していても何ら不思議ではない。

 まさにTグループが反朝河派だった。

 Tグループのほとんどが、土木建設業および運送業の事業者である。

 Tグループは、朝河グループを出し抜いて、中部国際空港建設工事の利権を横取りしようと企み密かに動いていた。

 利権のうま味と事業の利益とでは、天と地ほどの差がある。

 Tグループは、いつか莫大な利権を手にして、うま味を吸い上げる立場になるという野望を抱いていた。

 まさに中部国際空港建設工事は、Tグループにとって又とない機会なのだ。

 中部国際空港建設工事事業の入札はまだ先のことだが、今から様々な関係者とのコネクションを築いておかなければ、利権を手にすることはできない。

 だが、朝河グループが築いてきたコネクションはかなり強硬で、割って入ることはそう簡単ではなく、逆に返り討ちにあう可能性もある。

 朝河グループは正面からぶつかって勝てる相手ではないのだ。

 そこでTグループは朝河グループにダメージを与える策を練っていた。

 そもそも朝河グループのメイン事業は、食用牛の飼育と精肉、食肉の卸売であり、本体とグループ会社で全国展開している食肉業界の最大手企業で、朝河充は、食肉業界のドンと称されている。

 Tグループは、このメイン事業に着目した。

 朝河グループのメイン事業にダメージを与え、食肉業界での権威を失墜させる。

 その方法とは・・・


計画:病原菌O157の拡散


 1982年、アメリカでO157による食中毒が発生し、原因はハンバーガーとされる。

 これが世界初で、O157の存在が世界中に知れ渡ることになった。

 O157は、主として牛の腸の中に存在する病原菌で、O157がだすベロ毒素は、フグ毒の30倍以上の強い毒とされている。

 Tグループはこの危険な病原菌のO157をばらまき、国民にO157の恐怖を植え付けさせ、国民がO157を保有する牛と食肉を敬遠するように仕向けることで、食肉業界および朝河グループに大きなダメージを与える計画を立てた。

 全国にばらまくO157は、羽曳野の市立畜場ミートセンター由来のものとする。

 そのO157は、市立畜場ミートセンターで発生する汚染水を処理している外注業者から汚染水を入手し、自家培養でO157を増殖させる。

 首謀者のTは、以前、解体工事を請け負った時、この汚染水処理業者と出会っていた。

 自家培養で増殖させたO157をばらまく時期は、湿度と気温があがる5月から7月がベストと考えた。

 O157に限らず、食中毒が発生しやすいのが、この時期だからである。

 あとは、人為的なO157のばらまきの痕跡を残さずに実行することである。

 O157の培養液をスプレーボトルまたはディスペンサーに入れて保持し、食材に拘らず密かに噴きかける。この手法なら人為的な痕跡は残らない。

 その後、冷蔵設備が整っていなければ、O157は高温多湿の環境下で増殖する。

 だが、O157は人間の目には見えない。だから誰も気づかない。

 ターゲットは集団、すなわち学校や養護施設など給食が好ましい。

 なぜなら、集団感染に、国民は大いなる脅威と恐怖を感じるからだ。

 5月から行動を開始して、7月、最後の締めくくりは、大阪の町。

 O157による最大級の集団食中毒で、朝河グループは大打撃を被るだろう。


実行:成功か否か?


1996年5月28日 岡山県邑久郡邑久町で集団食中毒発生

1996年6月10日 岐阜県岐阜市で集団食中毒発生

1996年6月11日 広島県比波郡東城町で集団食中毒発生

1996年6月12日 愛知県春日井市で集団食中毒発生

1996年6月13日 福岡県福岡市で集団食中毒発生

1996年6月16日 岡山県新見市で集団食中毒発生

1996年6月17日 大阪府大阪狭山市で集団食中毒発生

1996年7月5日 群馬県県佐渡郡境町で集団食中毒発生


 岡山県を皮切りに立て続けにO157による集団食中毒が発生した。

 厚生省の調査では、O157による集団食中毒と断定されたが、いずれも原因となる食材の断定にいたらず不明とされていた。

 そして、Xデーを迎えた。


堺市学童集団食中毒事件


 O157感染者総数 9,523人

 稀に見ない最大級の集団食中毒が発生したのだ。

 このO157による大規模な集団食中毒を発生させて計画を完遂したTグループは、今後、世の中にどのような影響がでるのか、見守っている。



検証:なぜ堺市だったのか? なぜカイワレだったのか?


 羽曳野のカイワレ農園と市立畜場ミートセンターの真ん中辺り、峰塚公園の南に第一学校給食センターと第二学校給食センターがある。この施設に納品される食材をターゲットにして、市立畜場ミートセンター由来のO157を使用し、集団食中毒を発生させた方が、Tグループの真の目的を達成し安いのではないか。

 そうしなかった理由は、いや、できなかったと言うべきだろうか。

 それは、Tグループは羽曳野の市民であり家族もいる。その中には、羽曳野の小学校に通っている子供を持つ者もいる。さすがに自分の子供が通う小学校で集団食中毒を発生させる親はいないだろう。

 これが理由と考えられる。

 そこでターゲットを堺市に定め、堺市の給食センターに大量のカイワレを納品している農園を利用することにした。

 Tグループは羽曳野の市民で土木建築業と運送業の事業者たちであり、カイワレを搬送している業者とつながりがあった。

 おそらくカネで買収して、この計画に協力させたと考えられる。

 だが、堺市で集団食中毒が発生し、羽曳野で発生しなければ、返って怪しまれると考えて、羽曳野の卸業者を使って、高齢者向け施設で食中毒を発生させた。

 この食中毒は、堺市の大規模の集団食中毒の陰に隠れる形となった。

 Tグループにとって幸いだったのは、集団食中毒発生の初期の段階で、堺市教育委員会と学校医が、児童の体調不良を夏風邪と判断したため、O157に辿り着くのが遅れたことだ。

 これにより、Tグループが証拠隠滅を図るための時間は、十分過ぎるほど確保できた。

 厚生省が調査を始めた時点で、真相はすべて闇に葬られていたのである。



 住友は、独自の調査と検証により、5月28日に発生した岡山県の集団食中毒に始まり、堺市学童集団食中毒事件に至るまでのO157による集団食中毒をTグループ(仮称)の犯行と考え、「O157集団食中毒多発テロ事件」として、厚生大臣の菅沼に報告することを決めたのであった。


 住友は事務室でレポートを作成しながら、テレビのスイッチを入れた。

 厚生大臣の記者会見を確認するためである。

 堺市学童集団食中毒事件は発生してから、厚生大臣の記者会見が増えていた。

 この記者会見で、菅沼は「カイワレ」について、原因食材の可能性を示唆した。

 ーーえっ? 住友は唖然として「勇み足だろ」と声をあげた。

 住友は「カイワレについてはさらに調査を進めた上で発表する」と聞いていた。

 だが、菅沼は半ば強引に発表してしまったのだ。

 住友は作成中のレポートを見て、「必要なくなったかも」と落胆した表情を浮かべた。


ree

この物語はフィクションです


コメント


Copyrigth © 2013 YUMEMI-ya All Rights Reserved.

bottom of page