INTERNATIONAL vol.16
- 夢見操一

- 12月18日
- 読了時間: 7分
INTERNATIONAL
(29)
1996年8月22日
坂井琢郎がインターナショナル堂楽園ホテルに入社してから3ヶ月が経っていた。
堺市で発生したO157による集団食中毒に関する騒動はまだ落ち着いていないが、このホテルも坂井が担当する鉄板焼きも、以前と変わりのない営業が続いていた。
今日は統括部長の武田勇から「仕事が終わったら飲みに行こう」と誘われている。
坂井がこのホテルに入社してからの3ヶ月、武田から誘われたことは1度もなかった。
入社して3ヶ月は試用期間で、これで正式に社員として迎えられたということだろう。
坂井はそう思っていた。
坂井が入社してから、鉄板焼きの売上は右肩上がりで、特に飲料売上の伸び率は、他の飲食店舗とは比べものにならないほど高く、営業会議で高い評価を得るほど順調に運んでいた。
鉄板焼きの片付けが終わり、坂井は私服に着替えてロッカールームを出た。
従業員用の通用口を出で通路を上ったところで、武田と宿泊部のマネージャーの徳永学(トクナガマナブ)が待っていた。
徳永は坂井と同じぐらいの身長だが、体型は武田に似ていてガッチリしている。
年齢は武田の2歳下で同世代、丸顔で温厚な雰囲気を持っていた。
「お待たせしました」
坂井が二人に声をかけた。
「おう、来たか」武田は坂井を見て、
「マネージャーも一緒やから」と徳永を紹介した。
「お疲れ様です。今日はよろしくお願いします」坂井が徳永に挨拶した。
「こっちこそよろしく」徳永も坂井に挨拶すると、
「さあ、行こか」と、武田が歩き始めた。
坂井と徳永は武田の後ろについて行く。
坂井はまだ行き先を聞いていなかった。
長堀通りを渡り、南へ下る。鰻谷は平日でも人が多かった。
気温はまだ30℃を超えているようで、嫌なな暑さで汗ばんでくる。
鰻谷北通り、鰻谷南通りを横切って、さらに南へ下る。
インターナショナル堂楽園ホテルの真南、約500メートルほどの場所にあるビル、バーや居酒屋、スナック、ラウンジなどが多く入居しているビルの入口の前で武田が立ち止まった。
「ここや、ここの2階や」
武田がそう言って、エレベーターを使わず階段を上る。
坂井と徳永も続いて階段を上り始めた。
キレイに整えられた階段で、管理がしっかりしていると感じられた。
階段から2階の通路に入ると、やや暗めの通路の壁に、赤い光が店名を描いていた。
高級ラウンジ「ルージュ・セリーズ」
坂井はおそらく居酒屋だろうと予測していたが、完全に的が外れて驚くばかりだった。
通路の壁に扉は無く、通路から少し入った正面に重厚感のある扉があった。
店内に入ると、店名通りに赤一色だった。
「部長さん、お待ちしておりました」ママの刈谷麗華が出迎えた。
赤い着物姿に上品なシニヨンヘアの刈谷は、日本料理の女将の沢口多恵子のような雰囲気を持っている。坂井はそう感じていた。
刈谷の後ろで並んでいるホステスたちは、全員ゆるいウェーブのロングヘアで、ルージュの甘さを感じさせるセクシー系のドレス姿、スリットから覗く足につい目が向いてしまう。
坂井は「ヤバい」と感じた。それは、このラウンジが超高級で、坂井が気軽に利用できる店ではないと直感したからである。
ボックス席に案内され、ソファーに腰を下ろして、改めて店内を見渡す。
赤一色だが、全体的に深めの赤に調節されていて、壁に埋め込まれた様々な形状の間接照明が描き出す明るい赤の神秘的なデザインが妖しげに心を揺さぶり始める。
仕事終わりの一杯ということで、最初だけビールを飲んだ後は、コニャックだった。
しかもコルドンブルー!!!
坂井はシャンパンの気分だったが、武田に合わすしかなかった。
他に客はいなかったため、貸し切り状態だった。
ホステスたちに囲まれて、武田と徳永は上機嫌で楽しんでいる。
坂井は遠慮気味にコルドンブルーのオンザロックを味わっていた。
「なんか緊張してます?」坂井の横に座っているのは、サイカ26歳だった。
「こんな高級なお店は初めてなんで」坂井は正直に答えてから「しまった」と思い、
「あ、いや、サイカちゃんが美人だから」と慌てて訂正した。
「坂井、おまえ、まだ呑みが足りんやろ。グイッといけ」武田がフォローする。
「そやそや、ここは呑んで楽しむ場所でっせ」徳永も坂井をあおる。
「あ、はい」坂井はコルドンブルーを一気に呑み干した。
ホステスたちがクスクスと笑っている。
「面白~い。なんか、奴隷にしたくなるタイプね」サイカの目は獣になっている。
ーー奴隷って・・・坂井は目を丸くした。
「こいつはよう働くで。奴隷にぴったりや」武田の坂井いじりが始まった。
「ほんまですか?」サイカの目が輝いている。
「こいつ、明日休みやから、お持ち帰りしてもええで」武田が流れを作っていく。
「いいんですか やった~♪」サイカがバンザイして喜ぶと、
「ちょっと待って」武田と徳永の間に座っているリン28歳が手をあげて、
「ウチも奴隷が欲しいわ」とサイカに宣戦布告した。
「それじゃ、わたしも」と対面に座っているヨンナ25歳が手をあげた。
「こうなったら奴隷争奪じゃんけん大会で決めましょ」長身のエルザ30歳が提案した。
ーー奴隷争奪って・・・坂井はこの展開に唖然としていた。
「最初はグー、じゃんけん、ポン」店内にかけ声が響く。
4人のホステスが立ち上がって真剣勝負、余興として大いに盛り上がっている。
坂井もかけ声に参加しているが、奴隷にされた身では、素直に楽しめない。
皮肉なことに、最初に脱落したのはサイカだった。
「な、なんで私が最初に・・・」サイカはグーを出して脱落、握りこぶしを震わせてがっくりと腰を下ろした。
「最初はグー、じゃんけん、ポン」店内にかけ声が響く。
「おお~」と声があがる。
リンがパー、ヨンナがグー、エルザがチョキで決着つかず。
「最初はグー、じゃんけん、ポン」店内にかけ声が響く。
「やった~」エルザが握りこぶしを高々とあげて、勝負は決した。
坂井はエルザの奴隷にされる自身を想像して頬を赤らめた。
奴隷争奪じゃんけん大会で勝利したエルザがサイカと入れ替わり坂井の隣に座った。
「よろしくね、奴隷さん」エルザが坂井にウインクした。
「あ、はい。よろしくおねがいします」坂井は流れに任せて返事をした。
「坂井、よかったな。美人のご主人様ができて」武田が坂井を冷やかし、
「ご主人様には逆らったらあかんで、絶対にな!」と満面の笑みで忠告した。
「はい」ーーくそ~、絶対に許さんぞ! 坂井は心の中で叫んでいた。
エルザは坂井の顔をじろじろ見ながら「ドMでしょ!」と直撃した。
「あ・・・はい」坂井は顔をしかめて渋々認めた。
「ドMの奴隷さん、超最高~! オールナイトでいたぶって・あ・げ・る」
エルザが魔女のささやきで坂井の心を揺さぶると、
「ああ~うらやまし~い」「わたしも混ぜて~」「ウチも」と声があがり、場は大いに盛り上がった。
しばらく場の流れに合わせてドMの奴隷さんを演じていた坂井がトイレに立った。
エルザが坂井をトイレまでエスコートして、「また楽しみましょうね」と告げてボックスへ戻って行った。
坂井は用を足してボックスに戻ると、ホステスの姿は消えていた。
武田と徳永が並んで座っていて、坂井は武田に促されて、二人の正面に座った。
「みんな、どこへ行ったんですか?」坂井が訊ねた。
「ちょっと休憩や。直に戻ってくる」と武田が言う。
坂井はなんだか様子がおかしいと感じた。
「けっこう呑んだやろ。チェイサーでひと息入れようや」武田が促す。
テーブルにはミネラルウォーターを注いだグラスが用意されていた。
チェイサーは、酒を呑んでいる時に、口直しに飲む水やジュースなどのことである。
坂井はチェイサーを一気に飲み干し、頭がすっきりする感覚を味わった。
「坂井。実はな、ウチのホテルは外資系なんや」武田が唐突に告げた。
ーーいきなりなんだろう? だが坂井は驚くことはなかった。
以前、日本料理の女将、沢口から「外資系」と聞いていたからである。
ただ、詳しいことは聞いていないし、坂井は外資系ということに疑問を持っていた。
「そうなんですか・・・」坂井はとにかく武田の話を聞くことにした。
「外資系ちゅうことは、資本は日本やない」武田は坂井の様子を確認する。
「そうなりますよね」坂井は当たり前のことだと思った。
「それじゃ、資本はどこから出てると思う?」武田がカマをかける。
「わかりません」坂井は即答した。実際に知らないから答えようがなかった。
武田は坂井が何も知らないことを悟り、
「資本の大本は、カレデュノフ共和国なんや」と伝えた。
「えっ・・・」坂井は驚いて、唖然としていた。

この物語はフィクションです


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