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INTERNATIONAL vol.21

  • 執筆者の写真: 夢見操一
    夢見操一
  • 12月21日
  • 読了時間: 7分

INTERNATIONAL


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 1996年9月26日

 住友博史は事務室で菅沼尚人厚生大臣の記者会見を観ていた。

 今日、厚生省が発表した堺市学童集団食中毒事件の最終報告に関する記者会見である。

 住友は、「一旦、カイワレでカタをつけるってことか・・・」とつぶやいた。

 住友は今でも、カイワレは利用されただけで、この真相は羽曳野と朝河グループを狙ったテロ事件だ、と思っている。

 住友が作成した調査報告書は菅沼に委ねていたが、その後、住友の調査報告書に関して音沙汰がなく、今、堺市学童集団食中毒事件の真相は、厚生省の最終報告によって、闇に葬られようとしている。

 住友は「堺市学童集団食中毒事件に関してよけいなことをするな」と宮岸善正から釘を刺されていて、動きを封じられている状態だった。

 住友は、住友自身が作成した調査報告書のことを宮岸に伝えていない。

 だが、宮岸から釘を刺された。

 そもそも宮岸から住友へ与えられたミッションは、菅沼の動きを監視して、菅沼が自爆するように仕向けることだった。

 あろうことか、8月の堺市学童集団食中毒事件の中間発表で、勇み足ともいえる「カイワレ犯人説」を示唆した菅沼に非難が殺到する事態を招き、まさに自分勝手に自爆した菅沼を陰で嘲笑う住友であったが、この1ヶ月は非難殺到の対応に追われて、笑うに笑えない状況に陥っていた。

 宮岸が住友に釘を刺したのは、菅沼が勝手に自爆したことで、この事件に関しては、もう何もする必要がないと判断してのことだろうと、住友は考えて受け流していた。

 そんな住友の今の心境は、「このまま真相を闇に葬り去られてたまるか!」という強い思いで充満していた。

 住友は、デスクの引き出しの中からFD(フロッピーディスク)を取り出した。

 当然のことながら、デスクの4つの引き出しには鍵がかかっていて、他人が勝手に開けることはできない。

 住友はこのFDを見つめて、独自調査の集大成を脳裏に描いた。

 この3.5インチのメディアに堺市学童集団食中毒事件の真相に関するデータが保存されている。

 住友はこのFDのことを誰にも話していない。

「これを爆弾にする手もありか・・・」

 住友は菅沼の記者会見の中継を他所にして、FDに向かってつぶやいた。

「これは断じて事故ではない。意図的に行われたテロ行為なんだ」

 住友はFDのコピーをつくり始めた。

 その一部始終をとらえている隠しカメラの存在を、住友は知らなかった。



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 1996年9月26日 16:00

 坂井琢郎の自宅、ダイニングの片隅にある固定電話が始まりの合図を奏でた。

 坂井は固定電話の前に立って、この時を待っていた。

「はい、坂井でございます」

 坂井の背筋に緊張が走り、この未知との遭遇が坂井を奮い立たせるように、アドレナリンが全身を駆け巡っている感覚に包まれていた。

 この日、坂井は公休日で、アルシオ・インターナショナルの採用試験に備えていた。

 今月の勤務シフトが決まり、そのシフトに沿って動き始めて数日後、アルシオ・インターナショナルから通知が届いて、今日が指定された第1ステップの日だった。

 坂井にとって、これはラッキーとしか言いようがない。

 もし別の日程だったら、シフト変更を依頼することになり、当然シフト変更の理由を聞かれるが、正直なことは言えないから、嘘の理由をでっち上げることになる。

 坂井はクソがつくほど真面目で、生まれながらに嘘がつけない性格だったこともあり、

 今日という日を嘘偽り無く迎えられたことに喜びさえ感じていた。

 とは言え、これから始まる第1ステップをクリアしなければ、何の意味もないのだ。

 そんな坂井に浮かれた気分はなかった。

 顔も見たことがない男性から質問が投げけられた。

 最初のイメージは、仮想空間で起こっている混乱に遭遇したあなたは、何をしますか? どのような行動をとりますか? というものだった。

「・・・?」意味不明!!!

 坂井はホテルの採用試験の内容とは思えなかった。

 仮想空間で起こっている混乱は「無限」であり、それぞれの混乱での正しい対処などできるのだろうか?

 坂井は疑問を抱いた。

 だが、坂井自身が意識していない答えが、知らず知らずのうちに湧き出ていた。

「仮想空間をホテル内の混乱として対応させていただきます」

 坂井は答えた。

 坂井は想定できる幾つかのケースにおいて、坂井自身がそれぞれのケースで対応する内容と理由を伝えた。

 こんな質問が繰り返されて、

「これですべての質問が終了しました。お疲れ様でした」と担当者が告げた。

「ありがとうございました」

 坂井はお礼を伝えた。

 この時、坂井は第1ステップの結果は、後日,改めて通知が届くだろうと思っていた。

 だが、そうではなかった。

「それでは、第1ステップをクリアしましたので、第2ステップへ進んでいただきます」

 担当者が坂井に告げた。

「ありがとうございます」

 坂井は改めてお礼を伝えた。

 第2ステップに進んだ坂井は、1996年10月24日、アルシオ・インターナショナルの開業準備室にて面接試験を受けることになった。



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 1996年9月27日 国会議事堂 衆議院

 正午すぎに開会した本会議の議長席に座する土居さちこ議長は、秋へと移りゆく季節のイメージとは真逆とも思える春の装いで、唇を真一文字に引き締めるという、心持ち緊張感を放ちながらも、縁なしのメガネが「次」へ向けた新たな戦いへの決意を知らしめている。

 まだ動きはない。

 だが、拍手が沸き起こっている。

 この時、この瞬間を、待ち望んでいる衆議院議員たちの勇み足とも思える感情の高ぶりは、異常としか思えない。

 これが日本国の最高機関、国会の有様である。

 衆議院議員たちの視線が『詔書』に集まっていた。

 事務総長の瀧徳丸(タキトクマル)が『詔書』を受け取り、内容を確認してから、土居議長に渡した。

 衆議院議員たちは固唾を呑んで土居議長の様子を見守っている。

 土居議長は、一間おいてから、

「只今、内閣総理大臣より詔書が発せられ旨、伝達されましたので朗読いたします」

 と前置きをして立ち上がった。

 衆議院議員たちの視線が土居議長に集まった。

 土居議長は『詔書』を開いて、文面を確認して、

「日本国憲法第七条により、衆議院を解散する」と宣言した。

 衆議院議員たちが立ち上がり「万歳、万歳、万歳」と不揃いの万歳で両手を挙げて、その後、盛大な拍手が沸き起こるが、衆議院議員たちはこの光景の中で動き始めて、様々な思惑が交錯して複雑に絡み合う政界の奇妙な姿を描き出していた。

 拍手とざわめきが入り交じった騒々しさの中で、自優守護党の幹部や各派閥の代表が阪本竜蔵に近寄り声をかけている。

 その様子を横目に、大泉純三と小森光喜が新居昇明の動きを覗う。

 亀田静夫が無所属の新居昇明に近づき、何やら耳打ちをした。

 解散総選挙に向けて、衆議院議員の大勢が腹の探り合いに動いてザワつく中で、与野党問わず実力者に歩み寄り、ここぞとばかりに猛アピールする輩も多い。

 密かに次期内閣で大臣のポストに就くことが約束されている亀田は、新居が解散総選挙で当選を果たし、新居が自優守護党に復党して、聖和会に入会するという計画を実現させるために、新居との関係を確固たるものにしようと積極的に動いていた。

 そもそもこの計画を立てたのは大泉と小森で、亀田がこの計画に参じて大臣のポストを狙って動いている様子を確認した大泉と小森は、腹の底で亀田を嘲笑っていた。



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 1996年9月28日

 衆議院解散の翌日、民利主権党が発足した。

 代表は連名で、菅沼尚人と鳩宗民夫(ハトムネタミオ)が首謀者である。

 鳩宗民夫の祖父は鳩宗昭一で、戦後、岸川伸佐と共闘して自優守護党を結成した立役者である。

「すでに準備してたんだ」

 住友博史はこの新党結成の情報を知り憤りを感じた。

 昨日、衆議院解散後、住友は菅沼に挨拶した。厚生政務次官として菅沼厚生大臣に仕えた者として当然のことであろう。

 住友は、今でも堺市学童集団食中毒事件の真相に拘っているが、昨日、菅沼に挨拶した時、菅沼はこの件には触れることはなかった。

 そして、今日、新党結成の発表された。

 今期の通常国会が会期末を迎えた後、菅沼は密かに新党結成に向けて動いていて、堺市学童集団食中毒事件が発生した後も、菅沼の意識は堺市学童集団食中毒事件の真相ではなく、新党結成に向いていたのだ。

 住友は今になってそのことに気づいて、

「面倒なことは切り捨てたってことか」と憤りで身体を震わせた。

 この後の解散総選挙の結果次第では、与野党の政局がどう転ぶのかわからない。

 おそらく新党で選挙に臨む菅沼が当選したとしても、住友と菅沼が大臣と政務次官というような関係にはならないだろう、住友はそう確信していた。

 住友はこれから地元に戻り、衆議院総選挙に臨むことになる。

「選挙後、このFDが何らかの切り札として役立つ時がくるかもしれない」

 住友はそう思い、例のデータを保存しているFDのマスターとコピーを手にして、これを貸金庫に保管しておこうと決めた。


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この物語はフィクションです



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