INTERNATIONAL vol.18
- 夢見操一

- 12月18日
- 読了時間: 6分
INTERNATIONAL
(31)
1996年8月22日
高級ラウンジ『ルージュ・セリーズ』では、武田勇と徳永学、坂井琢郎が話している。
坂井は、インターナショナル堂楽園ホテルと国会議員の辻井元高の関係を知り、茫然としているが、胸の内では考えごとをしていた。
ーー普通、こんなとんでもないホテルの名誉顧問なるかな? いや、カネのためだったら何でもやるってことか・・・それとも、他の誰かの差し金ってこともあるよるよな。
坂井にはどうも腑に落ちない話だった。
「坂井、なんやぼーっとして・・・」武田勇が声をかけた。
「いえ、あの、辻井先生は個人的に名誉顧問をされてるんですよね」
坂井は辻井の立ち位置を確認してみた。
「個人なわけないやろ」武田は否定し、「窓口は自優守護党の聖和会や」と告げた。
坂井は自優守護党は知っているが、聖和会がなんなのかわからなかった。
1979年1月24日。自優守護党の保志田武夫と保志田のブレーンたちによって、聖和会が結成された。
その結成の祝いとして、政治献金が、在日カレノフ総連と在日コレシュド民主団から提供された。
これは、戦後の日本で設立された両組織が自優守護党と関わりを持ち、特に保志田派と深い関係を築いていたからに他ならない。
日本都市開発クリエイトの社長の竹井剛三も、在日カレノフ総連の幹部の立場で、自優守護党と関わり持つようになり、特に保志田から田辺晋一郎へと続いていく聖和会と深く関わるようになった。
その関係から、聖和会が堂楽園ホテルの建設と開業に向けて便宜を図ったことからさらに関係が深まり、現在の状態になったのである。
坂井の中で、社長は自優守護党という後ろ盾の下で悪行を続けてきて、これからも悪行を続けていくんだ、という認識が芽生えていた。
だが、このホテルに自優守護党が関わっているとなれば、これ以上、武田と話しても、建設的な話し合いにはならないことぐらい、坂井にもわかる。
坂井の正直な気持ちは「悪どいことはしたくない、関わりたくない」なのだ。
坂井は武田に逆らうつもりはないが、この気持ちをぶつけた。
「すみません。僕には悪どいことはできません」と。
「おい、坂井。いきなり何をいいだすんや」武田が驚いた。
「これが正直な気持ちです」
坂井はキッパリと本心を伝えた。
「おまえは、世の中のことがなんにもわかってないんやな」
武田が首を振った。
坂井は、これでお開きにして帰りたい、と思った。
だが、この後、武田の熱弁が始まった。
「おまえ、ワインが好きで、ワインのことばかり考えて、フランスのワイン産地まで訪れて、まあ、そこそこ鉄板焼きの売上アップに貢献してくれとるけど、そんなの大したことやない。このホテルの実態、本当の顔を知らん従業員たちは、おまえに注目しとる。この3ヶ月で結果だしたからな。
そやけどな、そんなちっぽけなこと、会社にとっては、どうでもええんや。このホテルも本体の会社も、社長が属する組織も、みんな悪どいことやっとる。その悪どい連中を利用して国民からカネをむしり取ってる本当の悪が政治家や。
正直者はバカを見る!!!
その典型的な国が、この日本なんや。坂井。おまえが見ている世界こそが、幻想で偽りの世界や。現実の世界は、その裏側にあるんや」
坂井は、まるで選挙の演説さながらに話す武田に圧倒された。
「・・・」坂井は返す言葉が出ない。
「坂井。今から本当のことを教えたる。覚悟して聞けよ」
武田は上着の内ポケットに右手を入れた。
坂井は、「覚悟して聞けって言われてもな」と戸惑うばかり。
武田は内ポケットから右手を抜き出して、テーブルの上に一万円札をばらまいた。
坂井は、一万円札の数に驚いた。
帯が1つあって、あとは散らばっているが、100万円以上は確実である。
ーーえっ、こんな大金を内ポケットに入れてるの? 坂井は目が点になっている。
「このカネ、なんだかわかるか?」武田が訊ねた。
「いえ、わかりません」ーーわかりたくない。これが坂井の本音である。
「マネロンのカネや」武田が平然と言った。
坂井は唖然として言葉を失った。
「このホテルは、管理職になると給与とは別にな、活動費が割り当てられるんや。毎月や、しかもかなりの金額やで。これを1ヶ月で必ず使い切らんといかんのや。使った分の領収書は全部経理に渡して、経理担当者が処理して経費として計上してるんや」
武田がこのホテルのさらに裏のことを話す。
「・・・」坂井は言葉がでない。
「このカネで利用する飲食店は、在日カレノフ総連に属する事業者の店で、この店もその一つでマネロンに協力しとる。それと、ウチの常務のツテで協力してくれとる在日コレシュド民主団に属する事業者の店もあるんや。その飲食店のリストは、管理職になって活動費を手にする時に渡される。おまえも、その時が来るまで、楽しみにしとったらええ。毎日毎晩、おいしい思いができるようになるわ」武田が得意げに言う。
「・・・」ーー狂ってる!
坂井は言葉に出来ない苦しみを味わっていた。
「坂井。おまえなら、そう遠くない先で、2階級特進ぐらい可能かもしれんな。入社して3ヶ月で、おまえはすでに結果を出しとる。この調子で続けとったら、どこかのタイミングで、わしがおまえをひき上げてやるわ」
武田が坂井を取り込むような言葉を投げかける。
「・・・」ーー完全にマネロンに手を染めてるやん。
坂井はそう思い、武田が坂井をマネロンに引き込もうとしてると確信した。
「坂井、どうした?」武田が詰め寄る。
「ーー話の内容が強烈過ぎて、もう何も考えられません」坂井はぼそっと言った。
「そうやろな。だが、これが現実やと思おときや。それとな、今日の話は誰にも話したらあかんで。裏にある組織の怖さぐらいわかるやろ」武田が釘を刺した。
「はい、こんな話は誰にもできません」と坂井が首を振った。
「よし、この話はこれで終わりにするか」武田が手をあげて、ママに合図を送った。
すぐにホステスたちが戻ってきて、賑やかな宴が再開して、しばらく呑んで騒いで、ほろ酔い気分に浸り、お開きになった。
坂井は、お約束通りに坂井を誘うホステスに後ろ髪を引かれる思いを感じたが、それを断ち切って帰路についた。
坂井は早く帰りたい気持ちだったため、最終の特急電車に乗った。
岸和田駅に着いて、普通電車に乗り継ぐ時間が長いことから、歩いて帰ることにした。
真新しい3代目の駅舎の南口を出て、南西の方向へ走る高架に沿って歩き始める。
坂井は武田の話を思い返しながら、とぼとぼ歩いていた。
この時、篠崎啓二のことを思い出した。
去る7月下旬、篠崎が専門学生の研修生に冗談として話して聞かせた内容は、冗談ではなく本当のことだったのだ。篠崎は、研修生がこのホテルを敬遠するように仕向けるために裏の話をして、研修生の未来を守ったんだ、と坂井は確信した。
篠崎は研修生にこう話したという。
「秘密を知った者は消される。行方が分からなくなった者も多くいる」と。
そして、武田は坂井にこう言った。
「裏にある組織の怖さぐらいわかるやろ」と。
坂井の左側を走る高架が段々引くなっていく。
車1台分と通れるほどの道幅になり、街灯が少なくなっていた。
坂井の身体が震え始めていた。
気分が悪い。
坂井の中で、篠崎と武田の言葉がリフレインして止まらない。
高架と地面が合流する手前まで来た時、坂井は限界を感じてしゃがみ込んだ。
おぅぇぇぇ。坂井は吐きまくった。全身を震わせながら。
ーー人生終わった!
上弦の月が涙を浮かべて苦しんでいる坂井を見守っていた。

この物語はフィクションです


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