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INTERNATIONAL vol.11

  • 執筆者の写真: 夢見操一
    夢見操一
  • 12月14日
  • 読了時間: 9分

INTERNATIONAL


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 1996年6月19日 正午すぎ

 鉄板焼きのAカウンターで連泊中の夫妻が鱧料理を堪能している。

 窪田誠司が夫妻の様子を覗いながら、米沢牛を焼き始めていた。

 この鱧料理とは、今が旬の鱧の落としと焼き霜造りの盛り合わせで、日本料理のカウンターを任されている寿司職人の佐藤正がつくった料理である。

 ランチタイムだが、この夫妻は今月のおすすめコースをオーダーした。

 前菜、鱧料理、米沢牛のサーロイン、焼き野菜、ガーリックライス、デザート、珈琲という内容である。

 鉄板焼きと日本料理の関係は微妙で、去る6月6日、女将の沢口多恵子が坂井琢朗を洗い場に入れて皿洗いをさせたことに激怒したように、客の前では見せないが、鉄板焼きの焼き手は、日本料理と関わりを持たないスタンスを保ているようだ。

 だが、派遣の寿司職人とは仲が良すぎるほど、毎月、寿司職人とのコラボメニューをつくって積極的に提供している。

 プライベートのつきあいは他所にして、業務においては、焼き手は日本料理の板前と水と油の関係で、サービススタッフに関しても、鉄板焼きと日本料理との兼任には反対の姿勢を誇示しているが、慢性的な人材不足が続いている状況下では、ゴリ押しを避けて、現状に甘んじているようだ。

 坂井は、インターナショナル堂楽園ホテルに入社してから、少しずつ内情が見え始めて、八方美人のように動いていると、面倒なことに巻き揉まれると感じていた。

 それにしても、寿司職人の腕前は見事なもので、今、夫妻がすっかり鱧の虜になっている姿を見て、カウンターに立って、接客をしながら、厳しい修業で会得した職人の技を披露し客を魅了するという共通点が焼き手と寿司職人を繋ぎ合わせて、コラボという協力関係を築いたのだろうと、坂井は感じていた。



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 1996年6月19日 午後

 東京の国会議事堂では衆議院本会議が行われていた。

 土居さちこ議長の下、予定されていた案件の審議は「異議無し」の連呼によって滞りなく進行した。

 最後の案件の審議を終えた直後、土居が立ち上がり、

「みなさん、第136回国会は本日で終了します」と告げた。

 拍手が沸き起こり、1月22日から今日まで続いた国会が無事に閉会を迎えたことに謝辞を述べた土居にも盛大な拍手が贈られた。

「これにて散会します」

 土居さちこ衆議院議長の宣言により、1996年6月19日午後1時16分、通常国会が散会した。

「いよいよ始まる」この場にいる誰もが総選挙に向けて動き始めていた。

 自優守護党の聖和会のメンバー、白川政次郎、八塚治、小森光喜、大泉純三、藤原順平、そして、亀田静夫がそれぞれの席から国会議員たちの動きを観察していた。

 阪本竜蔵総理総裁が、いつ衆議院議員解散総選挙に打って出るのか、が注目される中で、国会議員それぞれがアンテナを立てて探り合いを開始していた。

 聖和会のメンバーたちはさりげなく新居昇明の動きを注視している。

 席を立った大澤一郎は、議長を務めた土居に近寄り、何やら耳打ちをした。

 おそらく次の選挙のことで協議を持ちかけたのだろう。

 大澤が土居から離れたタイミングで、新居が大澤に近づいた。

 白川、八塚、小森、大泉、藤原、そして、亀田が、新居の次の行動に期待した。

 新居は大澤に声をかけた後、頭を下げて白い封筒を差し出した。

 離党届である。

 白川、八塚、小森、大泉、藤原はほくそ笑み、亀田は大臣の座に光りを感じていた。



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 1996年6月19日 夜

 インターナショナル堂楽園ホテルの最上階にあるメインバーでは大物タレントが、心斎橋のクラブのホステスたちに囲まれて盛り上がっていた。

 メインバーの落ち着いた雰囲気は砕け散り、下品な会話と笑い声が響き渡っている。

 坂井は鉄板焼きの客をエレベーターまで送り、「ご利用ありがとうございました」とお礼を伝えたが、メインバーから吹き出してくる馬鹿騒ぎに掻き消される始末だった。

 その時、滝澤和人がメインバーから出てきて首を振り、溜め息をついた。

 坂井は「この騒ぎは何なん?」と訊ねた。

「例のタレントが来とるんや」と顔をしかめて言う。

「ああ、そう。あの『ウチのことはええからね』っていうアレか」と同情した。

 そのタレントの影響力は凄まじいものだった。

 坂井はこの大物タレントの歌が好きだった。

 アルバイト時代、坂井がスカイラウンジに移った後、仕事終わりに飲みに出ることが多々有り、当時、マネージャーだった武田勇の行きつけのスナックで、武田が毎回、「いまどき~、バカげた愛だと・・・」と熱唱していて、坂井はすっかりこの歌が気に入ってしまった。

 その後、大物タレントの歌が大ヒット連発、坂井は新曲リリースされる度にCDを購入するようになっていた。

 このバカ騒ぎも、あと数十分で終わり、大物タレントのご一行は、心斎橋のクラブへ移動するだろうから、もう少しだけ我慢すれば平常に戻る。

 坂井はそう思い、この場をスルーしようとした。

 だが、滝澤が珍しくグチを零した。

「あのマネージャー、なんやねん!!!」と。

 坂井は驚いた。なぜなら、坂井がこのホテルに入社してから今日まで、滝澤は、坂井に、業務上必要なことだけ、しか話したことがなかったからだ。

「ーージャケットの前ボタンを全部外して、ふんぞり返った態度で店頭に立って、富豪と絶大な影響力を持った客だけを贔屓して、他の客はおまえらでやっとけって、このバー、ようわからんわ」と、滝澤は首を振りながら言った。

 坂井もマネージャーの薦田健二がいつもジャケットの前ボタンを全部外していることに疑問を抱いていた。薦田は坂井より少し背が低いが、ガッチリした体型をしている。

 その薦田が胸をを張って、背が高い相手を見上げると、ふんぞり返っているように見えるかもしれないが、坂井はこの話題に触れることなくスルーした。

 このタイミングで、若手スタッフの菊田遼(キクタリョウ)がバーから出てきて、

「お客様、お帰りです」と滝澤に伝えた。

 滝澤は、坂井に目で合図を送り、この場から離れるように促した。

 菊田がエレベーターのボタンを押し、滝澤がメインバーの入口で待機の姿勢をとった。

 坂井は鉄板焼きに戻り、Aカウンターのリセットを始めた。

 エレベーターホールから賑やか声が聞こえてくる。

 ーー大物タレントが店に来たら、やっぱり付きっきりになるだろうな・・・

 坂井はそう感じて、大物タレントや国会議員だけでなく、様々な業界の重要人物や著名人などは、よく高級ホテルを利用していて、VIPとして厚遇を受けることが多く、坂井も以前のホテルでは、VIPの対応を任されたこともあり、高級ホテルにとってこのような顧客の存在は必要枠だろうと自分なりに納得していた。

 エレベーターホールから賑やかな声が消えて静かになった。

 大物タレントの夜は、これからが本番である。

 坂井には手の届かない超高級クラブで、坂井には味わうことのできない優雅で癒やしと安らぎに満ちた至極の夜が始まるのだろうと、坂井は想像して虚しさを感じていた。



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 1996年6月19日夜。

インターナショナル堂楽園ホテルの真南、長堀通りを渡って、さらに数本の通りを横切った場所のビルの2階にある高級ラウンジ「ルージュ・セリューズ」では、竹井剛三と榊原邦憲がレミーマルタンXOスペシャルのオンザロックを片手に何やら話し込んでいる。

 赤を基調とした優雅で洗練された空間は、メインの照明をやや落として深い色合いに調節されていて、壁に埋め込まれた多数の間接照明のやや明るい赤ラインが神秘的な世界を描き出している。

 妖しさに心が揺さぶられ、異空間に惹き込まれるような感覚がコニャックの味わいをさらに引き立てている。一口、また一口と、ノドから流れ落ちていく度に余韻となって戻ってくる心地よさが、脳を刺激して幸福感を与えてくれている。

 この二人の話とは、今日開催された下野投利銀行の株主総会のことである。

 本店から大阪支店長の榊原の元に株主総会の報告が送られてきて、会長で頭取兼任の深江寿夫を筆頭とする役員人事に変更がなかったことを確認した榊原が、お得意様の日本都市開発クリエイト社長の竹井に報告をしているところである。

「ーー現状の改善を約束し、万が一、改善に至らなかった場合は、来年の株主総会をもって、深江と頭取代行職の金見龍作(カネミリュウサク)が退陣することで、今回の株主総会が決着した。という内容です」

 榊原の報告を受けて、竹井は「あと1年か・・・」と渋い表情を浮かべた。

「いえ、まだ1年ありますから、全行員が一丸となって立て直せば、大丈夫かと・・・」

 榊原は竹井を失望させないように取り繕っている。

「まあ、今は、支店長に期待するしかないやろ。よろしく頼むで」と竹井が言う。

「はい、お任せください。それと、今月の送金処理は完了しております」榊原が伝えた。

「おお、さよか」竹井は頬をほころばせて、

「ウチとお宅は切っても切れへん関係やさかいな。今後も力貸してもらわなあかんし」

 と懐から封筒を取り出して、「土産や」と榊原に手渡した。封筒の厚さから察すれば、おそらく「帯」だろう。

「遠慮無くいただきます」榊原は何の躊躇いもなく受け取った。

「それとやな」

 竹井は懐から二つ折りのカードキー・ケースを取り出し、

「スイートや。今夜は自由につこてかまへんで」と榊原に手渡した。

 榊原はケースを開いてカードキーを確認する。

「明日の朝は、カードキーを部屋に置いたままホテルから出たらええわ」

 竹井は榊原にそう伝えると、手をパンパンと叩いて合図した。

「ママとは話ついとるさかい、今宵は気に入ったコ(女)と存分に楽しみや」

 竹井が席を立つと、入れ替わるように5人のホステスが榊原に近づいて、

「支店長さん、よろしくお願いします」と長身のホステスが代表して挨拶した。

「おお、これはこれは美女沿いで」榊原は鼻の下を伸ばして、

「さあ、座って座って」と満面の笑みを浮かべた。

 竹井はこのラウンジのママに近づき、「あとはよろしく」と声をかけた。

「お任せあれ。なんせウチのホステスは粒ぞろいやから、支店長はんもハマりますわ」

 ママの名は刈谷麗華(カリヤレイカ)40歳、旦那は、竹井の組織の有望株の1人で地上げ屋稼業の刈谷准兄(ジュンケイ)46歳。

「で、例の件は?」と麗華が訊ねた。

「早急に進めろ!!!と准兄に伝えくれ。ハコはウチの常務に預けとる物件の地下をつこたらええ。1階にダミーのショップを開業してやな、何を提供してもええけど、クスリはやめときや。で、そのショップをカモフラージュにして、地下に会員制の闇カジノをつくったらええやろ。その資金は、あのスケベから引っ張り出したる」

 竹井と麗華は榊原に視線を向けて「今宵ヤツを骨抜きにしろ」と竹井が指示した。


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この物語はフィクションです


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