INTERNATIONAL vol.17
- 夢見操一

- 12月18日
- 読了時間: 7分
INTERNATIONAL
(30)
1996年8月22日
インターナショナル堂楽園ホテルの真南、約500メートルの場所にある高級ラウンジ『ルージュ・セリーズ』では、武田勇と徳永学、坂井琢郎がボックス席に座って何やら話している。
先ほどまでボックス席で同席していた4人のホステスは待機室に戻り、ホールの端に立っているママの刈谷麗華が3人の様子を覗っていた。
坂井は、ホテルの資金の大本がカレデュノフ共和国だと聞かされ、唖然としていた。
「坂井、これで驚いてどうするんや。話はこれからや」
武田は坂井にはっぱをかけた。
「すみません。予想外だったんで、つい」
坂井は気を取り直した。
「まずな、ウチの社長と常務のことを知っとかなあかん」
武田が話し始めた。
「確かにそうですね」
坂井は社長と常務のことをよく知らなかった。
「ウチの社長は、カレデュノフ共和国の国家主席ジムギルソンの側近で、カレノフ労働党の対日戦略部隊の幹部、さらに、在日カレノフ総連の幹部で、その組織のナンバー2なんや」 武田が社長の素性を話す。
「・・・」坂井は、いきな凄い話になったぞ、言葉を失った。
「さすがにこれは驚くやろ。わしも最初は驚いたわ」武田が坂井の心内を察した。
「それでな」武田は身を乗り出して、「1994年の夏だったか・・・」と言葉を切って徳永を見た。
「そうです。堂楽園ホテルがリニューアルオープンした年の夏です」徳永が肯定する。
「その時な、社長がジムギルソンの葬儀に参列したんやが、なんと棺の前、最前列に並んで立ってたんやで。そうやな」武田が笑みを浮かべて徳永を見た。
「その通りです」徳永も笑顔で肯定し、「すごいですよね」と言う。
ーーえっ、葬儀の中継を見てたの? 坂井は驚きと違和感を感じた。
「そや。ウチの社長は、本国の幹部の中でも、最高峰クラスちゅうことなんや」
武田が満面の笑みで社長を称え、徳永も笑顔で頷いている。
ーーこんな話、笑顔でよくできるな。 坂井は疑問さえ抱いた。
「まあ、ウチの社長は、別格の存在やと思とった方がええな」武田が坂井に告げた。
「わかりました」坂井は頷いた。
「続いて、常務やけど。関西圏で遊技場事業を展開する会社の社長や」武田が言う。
ーー確か、総務の加地さんが言ってたな。 坂井は加地夏子の言葉を思い出して、
「遊技場ってパチンコ店のことですか?」と訊ねた。
「その通りや」武田はそう答えて、「さらに在日コレシュド民主団の幹部や」と言う。
坂井は在日の組織のことはよくわからない。
「さらに、常務の嫁さんがな、社長の娘なんや」武田が常務の素性を伝えた。
「へ~っ、社長と常務は親族なんですね」坂井は社長と常務の関係を初めて知った。
「また社長の話に戻るけど、社長の会社は土地や物件などを取り扱う不動産屋で、まあ、この事業がちょっとな・・・」武田は声を細めた。
株式会社日本都市開発クリエイトは、カレデュノフ共和国の資金で設立した
不動産会社で、在日カレノフ総連に属する地上げ屋稼業の連中を使って、悪どい手法で買い叩いて、法外な低価格で取得した土地や物件を、元の価値で転売して利益を得ている事業者である。
社長の竹井剛三の役目は、本国から送られ来る闇のカネを不動産に投資して、取得した土地や物件を転がして利益を生みだし、さらにそのカネを浄化して、本国に送り返すというマネーロンダリングである。
社長がホテル業界に参入したのは、ホテルを表の顔にして、裏で生みだした利益をホテルに投資して浄化し、本国へ送り返す方法を思いついたからである。
1984年に堂楽園ホテルを開業し、1994年にリニューアルして、現在に至っている。
「そんな裏があるんですか・・・」坂井は複雑な気持ちに包まれていた。
「わかっとると思うけど、これは誰にも言うたらあかんで」武田が念を押す。
「はい」ーーこんなこと言えるわけがないだろ。坂井はそう思いつつも、
「一つ気になることがあるんですが」と武田に伝えた。
「気になるってなっや?」武田が目を細めて訊ねた。
「浄化したカネは、どうやって本国に返すんですか?」坂井が疑問を投げかけた。
「ウチのメインバンクは、下野投資銀行という地方銀行やけどな、日本で唯一、カレデュノフ共和国の国営貿易銀行とコルレス契約を締結しとる銀行なんや。そやから、浄化したカネは簡単に送金できるんや」武田が答えた。
ーー簡単にって? こんなことがまかり通っているっておかしいだろ。
坂井の中で疑問がどんどん膨らんでいく。
「これって、すぐにバレるんじゃないですか?」坂井が首を傾げて訊ねた。
「わしは銀行屋やないから、詳しいことはわからん。だが、下野投利銀行は、何か特別な許可を取得しとるって聞いとる。その効力で、スルーできるんかもしれんな」武田が答えた。
ーーえっ、そんな仕組みになってるのって、やっぱりおかしいだろ。
坂井の中で、モヤモヤする何かわからないものが動き始めているように感じた。
「そうですか・・・でも、これって犯罪ですよね。しかも国家が絡んだ国際的な犯罪になりますよね」坂井は確認するように武田に言った。
「坂井。わしらはそこまで考える必要はないんとちゃうか」武田が坂井を押さえる。
「僕も深く関わりたくないんですけど・・・」坂井はあえて遠慮気味に切り出して、
「このことを知っていて、ホテルで仕事をし、利益を生み出している。その利益がカレデュノフ共和国に送金される。これは犯罪に加担したことになりませんか?」
と、わざと恐る恐る訊ねてみた。
「いや、ならんやろ」武田は即否定し、「なあ?」と徳永の顔を見た。
「はい、そう思います。坂井君の考え過ぎかと」徳永は朗らかに言う。
「ほれ、みてみい。坂井、考え過ぎや」武田が声を強めて坂井を諭す。
「考え過ぎかもしれませんが・・・」坂井が遠慮気味な姿勢を保ったまま、
「例えば、もしですよ。警察に摘発されて、事情聴取されたとして、従業員が『知ってました』と答えた場合、警察はスルーしてくれますか?」
と再び恐る恐る訊ねた。
「いや、それはわからんな。わしは警察やないし。なあ?」武田は徳永を見た。
「そうです。警察のことは警察にしかわからんからね」徳永は朗らかに言う。
ーーえっ、こんな無責任な話ってある? 坂井の疑問はさらに膨らんでいた。
「初めてこんな話を聞かされたら、誰だって心配な気持ちになるやろ。でもな、大丈夫なんやって、ウチのホテルは!!!」武田が断言した。
「えっ、ほんとうですか?」坂井の疑問はマックス状態である。
「ほんまや。なあ?」武田がまた徳永を見た。
「はい、ほんまに大丈夫」徳永が大きく頷いた。
ーーこの自信たっぷり感は何? 坂井は目を丸くして二人を見た。
「坂井。辻井先生、知っとるやろ」突然、武田が辻井元高の名前を出した。
「はい、知ってます。よく鉄板焼きを利用してくださってる国会議員の先生で、ウチのホテルとってはVIPですよね」坂井が答えた。
「VIP・・・確かに、ある意味でVIPやな」武田が変な言い回しをする。
ーーある意味ってどういうこと? 坂井は武田の言葉が理解できない。
「名誉顧問」武田が四文字熟語を口にした。
「はあ?」坂井は、武田が何を言っているのか、まったく理解できない。
「ウチの名誉顧問なんや」武田が余裕綽々の表情で告げた。
「えっ・・・」坂井は目をパチパチさせて、「辻井先生が、ですか?」と訊ねた。
「そうやで。坂井、知らんかったんか?」武田が驚いて訊ねた。
「はい。誰も教えてくれなかったので」坂井は狐につつまれた気分を味わった。
「辻井先生は客やないんやで、名誉顧問としてホテルの様子を見に来てるんや。ウチにカネを落としてくれとるけどな、ウチはバカ高い顧問料を払っとるから、多少は落としてもらわんと、割に合わんわ」武田が辻井との関係を伝えた。
「そうだんたんですか」坂井は、急に話の展開が変わったと感じていた。
「辻井先生は、現職の国会議員で、現在、通商産業政務次官のポスについとる大物議員やで。その先生がウチについとるんや、警察も公安もそう簡単にウチには手出しできへんのや」武田は威勢を強めて、
「坂井。これでわかったやろ。このホテルは大丈夫なんやってことが」と告げた。
ーーこんなドラマみたいなことってあるん? 坂井はただ茫然とするばかりだった。

この物語はフィクションです


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