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INTERNATIONAL vol33

執筆者の写真: 夢見操一
夢見操一
9月14日
読了時間: 5分

INTERNATIONAL


(56)


1997年4月1日


 坂井琢郎は晴れてアルシオ・インターナショナルに入社した。


 採用が決まった後、坂井琢郎は開業準備室に足を運び、引っ越しをするために、アルシオ・インターナショナルと契約している賃貸住宅の不動産会社を紹介してもらった。

 いろいろ物件を見て回り、最終的に淀川区のワンルームマンションを選んだ。

 選んだ理由は、新築の物件だったこと、ただこの1点だけである。


 また、インターナショナル堂楽園ホテルを退職するためには、退職願を提出して受理されることが必要である。

 坂井琢郎はアルシオ・インターナショナルの採用通知が届いた翌日、統括部長の武田勇に、アルシオ・インターナショナルの副総支配人兼料飲部ディビジョンヘッドのアルベール・ジラルドと面談し、採用が決まったことを伝え、退職願を提出した。

 面談した証拠として、アルベール・ジラルドの名刺を添えた。

 武田は両腕を組んで、デスクの上にある坂井の退職願を見下ろしていた。

「ホテルマンとして、世界の最高級であるファイブスターのラグジュアリーホテルに採用されたことは、この上ない最高の名誉だと心得て、揺るぎのない覚悟を持って、アルシオ・インターナショナルの職務に挑みたく、ここに退職をお願いする次第です」

 通常は「一身上の都合により」と書き記すところだろうが、このホテルの特異性を考慮して、坂井は敢えてアルシオ・インターナショナルへの強い想いを書き記したのだった。

「わかった。いいだろう」武田があっさりと承諾し、

「社長と常務には話しをしておく。おまは、総務部の加地君のところへ行って、退職手続きを進めたくれたまえ」と促した。


 坂井琢郎の退職日は1997年3月31日で、有給休暇の消化日数分を加味して、最終出社日は3月15日と決まった。

 坂井がアルシオ・インターナショナルに移籍することは、すぐに従業員たちに知れ渡った。

 だが、このタイミングで、日本料理の大谷正彦が武田勇に配置転換の要望書を提出したことで、状況が一変した。

 坂井の退職を待たずに配置転換が行われ、大谷が移動となり、畑違いの玉置幸介(タマキコウスケ)が日本料理と鉄板焼きを担当することになり、現場に混乱が生じて、坂井がアルシオ・インターナショナルに移籍することなど、どうでもいいという空気に包まれて、坂井は完全に孤立することになった。

 職務上必要なこと以外で坂井に近づく者は皆無となり、大阪と静岡のホテルで一緒に勤務していた同い年の滝沢和人さえも坂井に近づくことはなかった。


 そんな状態で坂井琢郎は最終出社日を迎えたが、形式的な挨拶だけで、特に送別会のようなことは行われなかった。

 だが、坂井にとっては、これがベストだった。

 インターナショナル堂楽園ホテルの裏の顔と真の正体を知ってからこれまで、ずいぶんと苦しい思いをさせられ続けた。

 そんな心境で、別れの杯を酌み交わすことなどしたくない。

 これが坂井の本心だった。

 最終出社日を終えた坂井は、独り静かにインターナショナル堂楽園ホテルを出た。

 小雨が落ちていた。

 坂井は傘をささずに心斎橋駅へ歩き始めた。

「やっと解放された・・・」

 坂井の心に安堵感が広がり、目頭が熱くなるのを感じた。

 だが、これは表面上の解放であって、真の解放ではないのだ。

 小雨はそんな坂井の境遇を憐れんでいるだけで、去りゆく坂井の行く末に涙しているだけだった。


「ついにこの時が来た」

 アルシオ・インターナショナルに足を踏み入れた坂井琢郎は従業員の多さに驚いた。

 今日は、全新入社員と一足先に入社していた従業員たちが一堂に会するスタートの日。

 新卒の社員の人数が圧倒的に多くて、他のホテルなどから移籍してきた社員の方が少ない。

 この時点では、新卒社員の誰がどこの部署に配属されているのか分からない。

 反面、移籍組はすでに配属が決まっていて、顔見知りの従業員も多いようで、すでに知り合い同士のグループができている。

 坂井がこの状況を観察していると、神戸のホテル時代に知り合ったソムリエが近づいて来た。

「待ってましたよ」と、声を掛けたのは宮腰篤(みやごしあつし)で、アルシオ・インターナショナルのマスター・ソムリエ、そして、ビバレッジ・セクションの責任者として一足先に赴任していた。

 坂井の実質的な職場の上司が、この宮腰である。

「これからよろしくお願いします」

 坂井が挨拶した。

 そして、もう一人。

 神戸のホテル時代に知り合ったソムリエの輪田一輝(わだかずあき)、アルシオ・インターナショナルのチーフソムリエで、ビバレッジ・セクションの2番手である。

「よろしくお願いします」

 坂井は顔見知りの2人のソムリエが登場してくれたおかげで、緊張がほぐれ、安心感に包まれていた。

 坂井はビバレッジ・セクションの3番手で、スーパーバイザーとして職務にあたる。

 すなわち、この3人で、まずはグランドオープンに向けて、オペレーションマニュアルの作成や新人教育、設備や備品の準備、メニュー作成と飲料全般の準備などの開業準備に取りかかることとなる。

 坂井は、アルシオ・インターナショナルに採用されてよかった、と素直に喜び、その喜びがインターナショナル堂楽園ホテルの存在を心の奥底に閉じ込めたのであった。


この物語はフィクションです

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