INTERNATIONAL vol.37

INTERNATIONAL
(64)
2025年5月中旬
大谷正彦はガゼボの木製のテーブルに両肘をついた姿勢で坂井琢郎の話を聞いていた。
ずいぶんと長い坂井の回顧話に耳を傾けて、途中で話の腰を折るようなことはしない。
プロの記者として、聞く姿勢を崩さなかった。
「――辻井先生が直々におまえのところへ来たと・・・?」
大谷は予想していなかった結末に驚いている。
「そうなんですよ。何の前触れもなく突然ですからね。さすがにビックリしました」
坂井は苦笑いを浮かべて、
「でも、辻井先生のおかげで今があるんですから、振り返ってみると、やっぱり辻井先生に感謝ですね」と伝えた。
「そうか」
大谷は腕を組んで、「その後のことは?」と訊ねた。
「何もないです。辻井先生の話が最後ですよ」
坂井は正直に答えた。
「えっ・・・」
大谷は少し考えてから、「あのホテルの経営破綻が明るみに出た翌日、おまえ、あのホテルに来ただろ?」と確認した。
「ええ、行きましたよ」坂井が即答した。
「なんで来たの? もう関係のないおまえが何しに来たの?」
大谷の尋問のような質問攻めが始まった。
「それは・・・」
坂井は少し間を取ってから、「ちょっと気になったことがありましてね」と、口を開いた
1998年7月初旬。
参議院議員通常選挙期間中のこと。
坂井琢郎は仕事を終えて、終電で帰宅した。
テレビの電源を入れると、参議院議員通常選挙の立候補者の政見放送が行われていて、ちょうど辻井元高が登場したところだった。
坂井は「辻井先生なら当選確実だろう」と思いながら見ていたが、「えっ、なんで?」と違和感を覚えた。
ブラウン管の中の辻井に覇気は感じられず、政策や公約などにも触れず「がんばろう、がんばらなあかん」と連呼するだけだった。
坂井は「こんな中身の無いメッセージで当選できるの?」と疑問を抱いて、「こんなの小学生でもできるわ」と首を左右に振った。
そして、7月12日の投票日を迎えて、辻井元高は落選し、参議院議員と国土政務次官の職を失った。
「この時に思ったんですよ」
坂井琢郎は真面目な顔をして、
「裏で何かあったんじゃないか? 何か新たな動きがあって、その影響で、わざと落選する道を選んだか、いや、させられたか? そんな気がしたんですよ」と話した。
「それで」大谷が興味を示して、テーブルに両肘をついて、前のめりの姿勢で坂井を見た。
「辻井先生がいなくなったら、あのホテルは確実にやばい状況になりますよね」
坂井は大谷に同意を求めるように言った。
「そうやな。実際に経営破綻してるからな」
大谷は肯定した。
「それで、年が変わって1999年の春、あのホテルの経営破綻のニュースを見て、これは絶対に裏で何かが起こってたんだと確信して、部長に会いに行ったんです」
坂井が正直に話す。
「そうだったのか」
大谷は腕を組んで、
「それで部長からどんな話しを聞いたんだ?」と質問した。
坂井は首を振って、「何も教えてくれませんでした」と答えた。
「ほんとうに?」
大谷は首を傾げた。
「はい。『もうこのホテルに関わるな。おまえまで巻き込まれることはない。今すぐ帰れ』と言われて、追い返されたんです」
坂井は正直に話した。
「そうだったのか。部長から何か聞かされたんだろうと思ってたんだけどな」
大谷は拍子抜けの表情で、
「まあ、そういうことなら、仕方ないな。じゃ」と取材を打ち切ろうとしたが、
「でもね」と、坂井が切り出して、
「あんな追い返されかたをしたら、どうしても気になるじゃないですか」と言う。
大谷は坂井を見て、「そうやな」と相槌を打つ。
「それで、自分で調べたんですよ」
坂井は大谷が訊いてもないことを話し始める。
「ちょっと待て」
大谷がストップを掛けて、
「何を調べたんだ?」と質問した。
「あのホテルに関わること全部ですよ」
坂井が即答した。
「全部って・・・」
大谷が目を大きく開いて、
「それで何が分かったんだ?」と、テーブルに両肘をついて坂井を見た。
「部長が僕に言った『正直者はバカを見る!!! その典型的な国が、この日本なんや』という言葉が本当だったということです」
坂井は確信したように答えた。
「ほ~っ、そうか・・・」大谷が口を開けたまま、坂井の話しを聞いている。
「国家権力を振りかざして、自分たちにとって都合の悪い存在や妨げになる者たちを簡単に切り捨てて保身に走る腐った政治家たちの多さに愕然としましたよ」
坂井の口調が強まっていく。
「あのホテルを経営破綻に追い込んで、その煽りを受けて経営危機に陥った銀行を強引に国有化して、都合の悪い事案を徹底的に抹消し、無かったことにする。さらに、その銀行を介してカレデュノフ共和国に流れていた壮大なカネのことも黙殺して、これを土産にカレノフ総連とのパイプをより強固にした上で、カレデュノフ共和国との国交正常化交渉に向けた会談に国家主席を引っ張り出した」
すっかりスイッチが入った坂井は止まらない。
「会談そのものを批判することはないけれど、あのホテルはこの会談の実現のために利用されただけだった。これによって、あのホテルの従業員たちの人生が滅茶苦茶にされたことは紛れもない事実なんだ。これを許すことは絶対にできない」
坂井はこみ上げてくる感情に任せて豪語した。
パチパチパチ。大谷が手を叩いて、「見事な演説、恐れ入ったよ」と坂井を称えた。
坂井は大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。
「ちょっと熱くなりすぎました」
坂井は頭をかきながら大谷を見た。
「この演説の内容の根拠や証拠などに繋がる資料などはあるのか?」
大谷が興味津々で訊ねた。
「一応、調べたことはデータ保存してますけど」
坂井はそう伝えた。
「どうせ記事にするんだったら、この内容をメインにした記事の方がよっぽど面白いと思うが、おまえはどう思う?」
大谷はそう訊ねて、坂井の心を揺さぶる。
「えっ、これを記事にするんですか? ちょっとヤバくないですか?」
坂井は躊躇した。
「そう心配しなくてもいい。最初に約束した通り、ネタの出所は非公開にして、他言はしないから大丈夫だ。オレにまかせてくれるか?」
大谷がそう促した。
「わかりました。マイクロSDを持ってきます」
坂井はそう言うと、屋内にマイクロSDを取りに行った。
坂井琢郎が戻ってきて、「これに保存してあります」と言いながら、マイクロSDを大谷正彦に渡した。
「貴重な資料をありがとう」
大谷が坂井に礼を伝えて、
「記事ができたら送るよ。楽しみにして待っててくれ」と伝えた。
「どんな記事になるのか楽しみにしてます」
坂井が口元に笑みを浮かべた。
「長い時間を取らせて、すまなかったな。恩に着るよ」
大谷は取材の協力に感謝した。
「いえいえ、久しぶりに大谷さんに会えてよかったです」
坂井は大谷との再会に感謝した。
「それじゃ、行くわ」
大谷は手を挙げて振り返り、アート扉を出た。
ブザーが鳴るのと同時に、
「お気をつけて」と、坂井が声を送った。
坂井琢郎は大谷正彦を見送り、姿が見えなくなってから、「これを片付けてから、作業開始だ」と呟き、テーブルの上にあるグラスと皿を手に取った。
苦労して調べた資料が記事になると思うと、なぜか心が晴れやかになっていた。
坂井はアーチ扉を背にして、屋内へ移動し始めた。
その時、アーチ扉のブザーが鳴った。
「あれっ、誰だろう?」
坂井は振り返ってアーチ扉を見た。
知らない男が立っていた。
黒のスーツ姿でサングラスを掛けたスキンヘッドの男。
男の手にはサイレンサーを装着したベレッタが握られていて、銃口が坂井を狙っていた。
「えっ」
坂井が声を漏らした瞬間、坂井の全身に衝撃が走った。
膝がガクッと落ちて、Tシャツの左胸が血で染まり始め、そのままうつ伏せに倒れた坂井は、すでに息絶えていた。
「任務完了。処理班をよこしてくれ」
スキンヘッドの男が小型の通信機で連絡しながら振り向き、アーチ扉から離れていった。
処理班らしき男が3人、様々なツールを抱えて、スキンヘッドの横を通り過ぎて、坂井の方へ向かった。
スキンヘッドの男が進んでいくと、大谷正彦が待っていた。
「ご苦労」
大谷がスキンヘッドの男性に声を掛けて、手に持っている雑誌社の名刺を破り、
「嘘の名刺はもう必要ない」と呟いて投げ捨てた。
名刺の欠片は、風に舞いながら、坂井を憐れむかのように、散っていった。
坂井が大谷に話したこと、そして、預けた資料は、記事になることはなかった。
そして、数日後、坂井琢郎の親族により警察に行方不明届けが提出された。

この物語はフィクションです




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