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INTERNATIONAL vol.31

執筆者の写真: 夢見操一
夢見操一
9月4日
読了時間: 6分

INTERNATIONAL


(53)


 世間は何かと慌ただしい師走から新年の幕開けへ、その慌ただしさを継承したまま1997年がスタートした。

 坂井琢郎もこの流れに乗って、インターナショナル堂楽園ホテルの鉄板焼きの職務に全うしていた。

 余計な事は考えず、「何も聞いていない、何も知らない」という姿勢に徹して、1月を乗り切ることが最善の策である。

 坂井は自身にそう言い聞かせていた。


 先月の12月18日に臨時国会が会期末を迎えた後、年を跨いで数度、辻井元高参議院議員が謎の女性ユキコと同伴で鉄板焼きを訪れた。

 坂井琢郎がいつものように対応し、毎度のように辻井の餌食にされる役目を負い、ユキコが大変喜んでいた。

 坂井は、ダブルCの鮮やかなレッドのジャケットがよく似合っているユキコの容姿や全体の雰囲気に惹かれるというより、穏やかに飲み込まれていくような感覚が、心地よく感じていた。

 鉄板焼きの焼き手たちも、二人の対応に慣れ始めていて、ユキコの素性や二人の関係には触れないという暗黙の了解の下で、会話を楽しんでいる。

 主にシェフの窪田誠司が調理して、二人に極上の米沢牛を提供しているが、手が空いた他の焼き手がフォローに入って、至極のひとときを紡いでいる。

 坂井はこの光景を閉ざした心の隙間から垣間見て、「本当に、このホテルがマネーロンダリングに加担しているのか、否、このホテルに関わっている人たちがマネーロンダリングに手を染めているのか?」と、疑問さえ感じてしまう。

 だが、坂井は、あの日の夜、統括部長の武田勇に連れて行かれた高級ラウンジ「ルージュ・セリーズ」で、インターナショナル堂楽園ホテルの裏の顔と社長の竹井剛三の正体、これに関わっている参議院議員の辻井元高と自優守護党の聖和会の実在を明かされた挙げ句の果に、社長から武田に渡された意味不明の活動費という裏金を見せつけられたのだから、今、目の前で至極のひとときを提供している鉄板焼きのスタッフの姿と至極のひとときを満喫している辻井とユキコの姿は、「カモフラージュでしかないんだ!!!」と、自身に強く言い聞かせるばかりであった。



(54)


1997年2月5日


 ついにこの日がやってきた。

 アルシオ・インターナショナルの採用試験の最終面談である。

 坂井琢郎は、アルシオ・インターナショナルの開業準備室があるビルの1階、レトロな喫茶店で面談の時刻を待っていた。

 歴史を感じさせる木製のテーブルを挟んで、元同僚の谷崎准宗(タニザキチカムネ)が余裕のオーラを放ちながらコーヒーを味わっている。

 かつて、厳しい特訓に耐えて甲子園を目指した高校球児だった谷崎は、がっちりした体型で、とにかく肝が据わっていて、何事にも動じないばかりか、時折、ヤンチャな行動に打って出て、職場に戦慄を走らせるほどの豪傑である。

 そんな谷崎にとって、今日の最終面談はちっぽけな事なのだろう。

 一方、坂井にとっては、インターナショナル堂楽園ホテルから脱出するために、絶対に落とせない最重要課題であり、大きなプレッシャーに包まれて、コーヒーがノドを通らない状況だった。


 さて、坂井琢郎と谷崎准宗が出会ったのは、神戸のホテルの開業準備室である。

 ホテルが引き渡されるまでは、隣接するビルに開業準備室があり、坂井と谷崎が所属する料飲部は6階のフロアにあった。

 谷崎が配属されいたのは、このホテルの目玉と位置づけられているフランス料理店で、フランスのブルゴーニュにある有名なミシュランの三ツ星レストラン「Triple d'Or(トリプルドール)」の日本初上陸の店舗として注目を集めていた。

 一方、坂井は、静岡のホテルで「メンバーズクラブ」に所属していて、主にラウンジ・バーの業務に携わっていた関係で、このホテルではビバレッジ・バーに配属されていた。

 料飲部の広い空間は、職場毎にパテーションで仕切られていて、それぞれの職場で必要な新人研修と開業準備が行われていた。

 また、時折、別のフロアーで、外注の研修講師による合同研修も行われていた。

 その合同研修が終了して、階段で6階へ向かっている途中、一緒に研修を受けていたビバレッジ・バーの同僚、同い年の長谷部良樹(ハセベヨシキ)が男性に声を掛けた。

「よっ、トリプル・ドールの爆弾!!!」と。

 がっちりした体格の男性が立ち止まって振り返った。

 この男性が谷崎だった。

「何をおっしゃっておりますやら」

 一つ年下の谷崎は、

「ふふふ」と、ふてぶてしく余裕の笑み返した。

 その谷崎の姿は、人を惹き付ける何か特別なオーラを放っていて、まるで乱世の時代に、民が世の未来を託した武将たちを彷彿させる猛者のようだった。

 これが坂井と谷崎の出会いだった。

 その後、ホテルが開業した後、二人は気の合う同志のような関係になり、阪神淡路大震災を受けて神戸を離れた後も、連絡を取り合っていたのである。


 アルシオ・インターナショナルの最終面談は、坂井琢郎が先に行われ、その後で、谷崎准宗の面談が行われた。


 坂井が面談したのは、アルシオ・インターナショナルの副総支配人で料飲部のディビジョンヘッドのアルベール・ジラルドだった。

 フランス人で、スイスのローザンヌにあるホテル経営大学を卒業した後、アルシオ・インターナショナルに入社し、若くして経営手腕を発揮して、幹部へとのし上がったエリートである。

 坂井とアルベール・ジラルドは、1対1の面談で、通訳はついていなかった。

 さすがに坂井は面食らった。

 だが、フランス人と聞いて、坂井は、フランスでは通用しなかった独学のフランス語で体当たりさながらに挑んだが、英語とフランス語が混ざり合って、何を話しているのか、よく分からなくなった。

 だが、アルベール・ジラルドはずっと笑顔で坂井の様子を観察しているようで、まるでこの状況を楽しんでいるようにさえ感じた。


 坂井に続いて谷崎が面談を受けた。

「日本人だったよ」

 面談から喫茶店に戻ってきた谷崎が坂井にそう伝えた。

 谷崎の面談相手は、料飲部の支配人の富沢紀久夫(トミザワキクオ)だったというのだ。

「えっ、なんで?」

 坂井は目を丸くして、

「俺がフランス人で、おまえが日本人???」

 坂井は納得できない気持ちを露わにして、

「なんで? このハンデは何? いや~、これはないわ。絶対にないわ!!!」と、首を激しく振った。

 一方、谷崎は満面の笑顔で、

「もう終わったんだから、不満を口にしても仕方ないっしょ」

 と、坂井を戒めて、右手でグラスを持つ仕草をみせて、

「さあ、打ち上げ行きましょうよ」と、酒をグイッと飲み干す動作で坂井を誘った。

「ああ、そうだな」坂井は渋々頷いた。

 かくして、アルシオ・インターナショナルの採用試験の最終面は終了したのだった。



この物語はフィクションです


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