INTERNATIONAL vol.30

INTERNATIONAL
(52)
1996年12月7日 夜
東京の赤坂は、忘年会シーズンの賑わいを象徴する繁華街の如く、大勢の人で溢れていた。
異様な文字が妖艶な彩りで客を惹きつけている通りにある高級料亭の一室では、厚生大臣の大泉純三と自優守護党宮岸派会長の宮岸善正が密会していた。
30分ほど前。
宮岸善正と大泉純三は寸分違わずこの料亭に到着した。
この席を設定したのは、宮岸の方だった。
昨日、宮岸の元秘書で現衆議院議員の住友博史が、堺市学童集団食中毒事件に関する調査資料のデータが保存されているFDを大泉に渡したことが発端である。
そのFDを受け取ったのは、大泉の秘書の八重垣衛で、衆議院予算委員会終了後、事務室に戻ってきた大泉にFDが渡された。
その際に、八重垣は「レッドカード!!!」と伝えた。
八重垣は大泉が戻ってくる前に、すでにFDを開いて内容を確認していて、このFDに保存されている「堺市学童集団食中毒事件に関する調査資料のデータが極めて危険なものだ」と伝えたのである。
大泉が一息ついてから、堺市学童集団食中毒事件に関する調査資料の内容を確認していたところへ、宮岸の方から大泉にコンタクトがあり、「住友から受け取ったFDを返してくれ」と言う。
大泉が宮岸に理由を訊ねると、宮岸が「詳しい話しは、明日の夜、赤坂で設定しようと思うが、如何かな?」と提案する。
大泉が宮岸の提案を承諾し、今夜の密会に至ったのである。
「――単刀直入に言うが、例のFDを返してもらおうか」
宮岸善正が切り出した。
「ええ、ちゃんと持ってきてますよ」
大泉純三がジャケットの内ポケットからFDを取り出した。
「じゃあ」
宮岸が右手を差し出して、受け取ろうとした。
「その前に・・・」
大泉がFDを内ポケットに戻して、
「ちゃんと説明してもらえますか?」と、宮岸を凝視した。
宮岸が表情を曇らせて、口元に手を当てた。
「詳しい話しは赤坂で」と言っておきながら、目的のFDを受け取ったら、あとは、知らぬ存ぜぬに徹するつもりなのだろう。
大泉は宮岸の本心を見透かしたように、
「相変わらずの古狸ぶりですな」と嘲笑う。
「よく言うよ。その言葉、そっくりそのまま、おぬしに返そうか」
宮岸が苦笑いで言う。
「いやいや。会長の上をゆく古狸は、世界中どこを探しても、お・り・ま・せ・ん!!!」
大泉はそう返して、大きく頷いた。
そんな押し問答の後、大泉が再びFDを内ポケットから取り出して、
「これは極めて危険なFDですな」と真顔で切り出した。
「ああ、その通りだ」
宮岸が肯定して、
「だから、早く返してもらいたいんだよ」と告げた。
大泉は目を細めて3.5インチのメディアを見ながら、
「このFDの内容を知っているのは?」と訊ねた。
「作成した住友と前厚生大臣の菅沼、そして、わしの三人」
宮岸はそう答えて、
「そして、おぬしとおぬしの秘書を加えた五人。これだけだ!!!」と断言した。
「それで、これを作成した当の本人は、何と?」
大泉が主導権を握り始めた。
「住友は、闇を暴いて、真相を白日の下にさらしたいそうだ」
宮岸は渋い表情を浮かべて、
「だが、住友にはキツく言い聞かせて、コピーを含めて9枚のFDを没収し、早急に処分したよ」と強く言った。
「ほお・・・力でねじ伏せるとは、会長もやるもんですな」
大泉は宮岸を称えるふりをして、
「でも、そんなことは、もっと早くできたんじゃないんですか?」と軽んじる。
「いや、それは、いろいろ探りを入れながら、住友を泳がせていただけだよ」
宮岸が言い訳して、自身を正当化した。
「なるほど・・・」
大泉が軽く流して、
「確認しますが、これが最後の1枚ということですね?」と意味深な表情で訊ねた。
「そうだ。さあ、早く返してもらおうか」
宮岸が右手を差し出す。
「いや、気が変わった」
大泉は平然と言う。
「なに?」宮岸は目を大きく開いた。
「この極めて危険なFDを返す相手は、住友君本人でしょ!!!」
大泉が宮岸を翻弄し始めた。
「住友に返したら、また余計なことを考えて、一か八かの賭に出るかも知れんのだぞ」
宮岸は強い口調で大泉に食ってかかる。
「だから、もっと早く手を打つべきでしたね。会長」
大泉は怯むことなく、
「住友君は一番厄介な男にこのFDを託してしまったということです」と核心に迫る。
「おぬし・・・」宮岸は唖然とした。
大泉は3.5インチのメディアを凝視して、
「さて、これをどうしましょうかね」と楽しそう言う。
「この件に関しては、今日ここで終わりにして、何も無かったことにするのがベストだ。おぬしもそう思うだろ?」
宮岸は必死にFDを取り返そうとする。
大泉は曖昧にボケるように、
「思わないこともないけれど・・・」と言って楽しがる。
「おぬし、もしかして?」
宮岸が疑惑の眼差しを送る。
「会長は何を勘ぐってるんですか?」
大泉は平然としている。
「初めから何か企んでいただろ。そうか、おぬしことだ。返せと言っても、ただでは返さんだろうな」
宮岸が警戒心を強めた。
「さすが勘がいいですな。会長」
大泉は余裕の笑みで対応する。
「取引だろ。ここで裏取引・・・」
宮岸は別の件で何か企んでいると考えて、
「そうか。わかったぞ。ずばり、郵政だろ?」と指摘した。
「さすが会長。核心に迫るのも早いですな」
大泉は否定せずに余裕で構えている。
「わしは反対派じゃ。すでに公言している以上、今更、変えることはできん」
宮岸が首を左右に振った。
「じゃ、このFDは住友君へということで、よろしいですね?」
大泉はFDを見せつける。
「おぬしは、どこまでも・・・」
宮岸が言葉を詰まらせた。
「では、会長。一つ提案を」
大泉がこの件を収めようと動いた。
「どんな提案じゃ」
宮岸は警戒しつつも話しを聞くことにした。
「会長と宮岸派はこのまま郵政の件には反対の姿勢をとり続ければいいでしょう。だが、法案の採決の段階に至った時、手のひらを返して賛成に転じて、宮岸派をごっそり引き連れて賛成に投じてもらう」
大泉は笑みを消して、宮岸に鋭い視線を浴びせた。
「なにィ!!! そんなことなど・・・」
宮岸は首を振った。
「この条件をのむというのなら、このFDを会長にお返ししましょう。さあ、ご決断を!!!」
大泉が裏取引の決断を力強く要請した。
「・・・」宮岸が両腕を組んで俯いた。
このタイミングで、
「失礼いたします」
料亭の仲居が襖の外側から声を掛けた。
「どうぞ」
大泉が腕時計を見て時刻を確認した。
襖が開いて、仲居が姿を現し、
「ご依頼をいただいておりました会食の開始のお時間が参りました。いかがいたしましょうか?」と伺った。
「では、始めていただいて構いませんよ」
大泉が促した。
「承知いたしました」
仲居が頭を下げた。
「う~ん・・・」
宮岸は裏取引の決断を迫られて悩んでいる。
その間に、3人の仲居が料理とビールなどを運んできて、座卓の上にセットして、部屋から出ていった。
牡蠣・鮟肝・とびこ・このこ・烏賊・赤貝・とり貝・トリュフ・フォアグラなどの高価な食材を使用し、繊細に彩られた八寸仕立てに仕上げた前菜が、嘉会の好しを彷彿させる如く、赤褐色の座卓の上で存在感を放っている。
江戸切子の小ぶりのグラスにゴールドの麦酒がホワイトの優しい帽子を被せて、宴の始まりを待っている。
宮岸の胸の内では葛藤が渦を巻き、宮岸は目前の美食に目を向けられない状態だが、大泉は宮岸の心中を気にすることなく、高価な食材を一つ一つ見定めながら、味わう瞬間を想像して、口元に笑みを浮かべている。
長い時間ではないが、とてつもなく長く感じた間が破られて、
「よし、わかった」と宮岸が声をあげて、
「大臣、その条件をのもうではないか」と伝えた。
「会長、賢明なご決断だと思いますよ」
大泉がそう伝えて、FDを宮岸に差し出した。
宮岸がFDを懐に隠すよう収めて、
「では、手打ちの盃といこう」と促して、グラスを手に取った。
「ええ」大泉もグラスを手に取った。
乾杯の後、大泉が「会長、裏切りは許しませんよ」と念を押すように告げて、ワイシャツの胸ポケットから小型の携帯用音声レコーダーを取り出し、
「会長とのやりとりは、すべて録音されてますから」と笑顔で告げた。
「えっ・・・」
宮岸は唖然として言葉を失った。
「先月、新発売の優れ物。わざわざ予約までして購入した甲斐があった」
大泉は大勝利の喜びで満面の笑みを浮かべていた。
今夜のこの席は宮岸が設定したものだったが、終始、大泉の独壇場になったことは言うまでもない。
さて、住友博史の思惑は完全に封じ込まれ、堺市学童集団食中毒事件の真相は世に知れ渡ることはなかった。
さらに、その後、住友は、翌年の特別国会中に緊急入院して公務から離脱、その翌年、43歳という若さで、ズタボロ状態にされ、この世を去ることになる。
いったい住友の身に何が起こったのか・・・真相は闇の中である。

この物語はフィクションです




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