INTERNATIONAL vol.24
- 夢見操一

- 2 日前
- 読了時間: 4分
INTERNATIONAL
(44)
1996年11月1日
インターナショナル堂楽園ホテルの鉄板焼の手狭な厨房から、「えっ!!!」という大きな声が聞こえてきた。
ワインセラーの前に立っていた坂井琢郎は厨房の方を向いて、「なんかあったのか?」と嫌な空気を感じた。
今はランチタイムが終了して、片付けとディナーの準備を行っている最中で、先ほど統括部長の武田勇に呼び出されて鉄板焼きを離れていた窪田誠司が戻ってきて、川崎紀夫と篠崎啓二、加藤光輝に何やら伝えたようだ。
そのリアクションが「「えっ!!!」である。
坂井はその内容が気になり、耳をすませた。
「ーー黄色ブドウ球菌って、最悪や!!!」
川崎が両腕を組んで言う。
「どっから出たんすか?」
篠崎が窪田に訊ねる。
「まな板から検出されたって、保健所の検査報告書に書いてあった」
窪田が報告書の内容を伝える。
「えっ、まじっすか!?」
篠崎は半信半疑の表情を浮かべて、
「例の集団食中毒事件のあと、衛生管理を徹底しとったでしょ」と首を傾げる。
「でも、出たんやろ・・・」
川崎も不思議そうな表情を浮かべて、何やら考え始めた。
坂井は厨房内の会話を盗み聞きして、先週、保健所の担当者が立ち入り検査に来ていたことを思い出し、
ーー黄色ブドウ球菌はヤバいな!!!と、首を振った。
「おい、加藤」
川崎が加藤を見て、
「おまえ、ちょっと前にテーピングしてやろ。確か左手やったな」と追求し始める。
「あっ、はい」
加藤が左手を見せた。今はテーピングをしていない。
「あれはなんやったんや?」
川崎が尋問の如く強めに追求する。
「あれは、野球のゲームでヘッドスライディングした時にできた傷です」
加藤が正直に答えて、
「消毒してテーピングで保護したら問題ないかなと思ってましたけど・・・」と平然な表情で言う。
坂井は加藤の返答を耳にして、
ーーいやいやいや。テーピングだけじゃなくて、調理用の手袋を使用するべきだろ!!!と、顔をしかめた。
「おまえが犯人か!!!」
川崎がそう決めつける。
そもそも黄色ブドウ球菌による食材などの汚染は、調理者の手指から発生し、特に手指に傷を負っている場合は調理を避けるという対処が求められる。
現在の鉄板焼きの状態は、窪田と川崎、篠崎の三人がカウンターで調理をしていて、加藤が厨房内で調理をしている。
すなわち、厨房内のまな板から黄色ブドウ球菌が検出された原因として浮上するのは、加藤の左手の傷なのだ。
「それはどうかな。確かにその可能性も考えられるけど、断定はできんな」
窪田が川崎に待ったをかけて、
「だが、これだけは言わせてもらう。加藤。おまえは自覚が足りない!!!」とビシッと指摘した。
「・・・」加藤は顔をこわばらせた。
「おまえがこのホテルの野球チームに参加するのは自由やけど、調理という仕事に携わっている以上、仕事に支障をきたすような行動は慎むべきやろ。手指に傷を負ったら調理できないだけでなく、食材に触れることさえできないんや。ましてや、食中毒を引き起こす病原菌をばらまくなんぞ、もってのほかや!!!」
窪田の強い口調に圧倒された加藤は俯いて、
「すみませんでした」と謝罪した。
坂井は窪田の言葉に賛同して、ーーうん、これは正論だ!!!と、大きく頷いた。
「加藤。改めて言わせてもらうけど・・・」
窪田は声のトーンを変えて、
「このホテルって、表向きは日本のホテルランキングで高い評価を得ているけど、実態はかなり異常な体質の会社だってことは分かっとるやろ?」と、加藤に確認する。
「はい」加藤は弱々しく頷いた。
「このホテルは、表向きのイメージをもの凄く重要視している」
窪田の目力が加藤に圧力をかけ、「・・・」加藤は俯いた。
「今回の保健所の検査で黄色ブドウ球菌が検出されたことが社長の耳に入ったら、鉄板焼きを任されている我々はどうなる?」
窪田は口元に笑みを浮かべて加藤に問いかける。
「・・・」加藤は俯いたままである。
「ーー首が飛ぶ!!!」
窪田は口元に笑みを浮かべたまま告げて、
「このホテル、いや、この会社で言う『首が飛ぶ』は、この世から消されるってことやで!!!」と、ズバッと言い放った。
ーーマジか!!!
坂井はあの武田の話を思い出して、全身に震えを感じて、
ーーこれ以上、この話を盗み聞きしない方が良さそうだな!!!と、直感して、鉄板焼きからこっそり抜け出した。
その後、鉄板焼きの厨房から黄色ブドウ球菌が検出されたことは隠滅され、このホテル内で話題にのぼることは一切無かった。
ーーこのホテルの実態、裏の顔を知っていて、このホテルで勤務している従業員が多い!!!
坂井はそう確信した。

この物語はフィクションです



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