玉露への想い
- 夢見操一
- 2022年3月16日
- 読了時間: 3分
更新日:2022年5月14日

私が初めて玉露を味わったのは、2001年の春のことで、サムライ茶人の岩本博義氏が淹れてくれました。
この時の衝撃と感動は今でも覚えています。
岩本博義氏と出会ったのは、2000年11月、アメリカ合衆国フロリダ州オーランドで開催されたフレアバーテンダーの世界大会「QUEST for the Best Bartender in the world」でした。
この大会に出場した日本人は、北條智之氏と私の2人で、父が日本人で母がイギリス人というグラハム木村氏も出場していました。
この時、岩本博義氏は選手ではなく、フレアのノウハウを学ぶためにフロリダに来ていて、この大会も自身の勉強目的で観戦に来ていました。
大会終了後、北條智之氏と私は日本に帰国しましたが、岩本博義氏はフロリダに留まり、フレアバーテンディングの本場でフレア修行に打ち込んでいました。
翌年、アメリカ合衆国から帰国した岩本博義氏から「フレアのトレーニング場をつくった」と聞いて、私はそのトレーニング場を訪れました。
まだ「日本のフレア夜明け前」という時代でした。
その当時、岩本博義氏のトレーニング場は、日本のフレアの未来を見据えた素晴らしいもので、その当時の日本では画期的なトレーニング場でした。
トレーニング場の素晴らしさも然ることながら、岩本博義氏のフレアにかける想いの強さに、私は感服させられました。
*フレアの話は「THE FLAIR~カクテルという名のスポーツ~」にて詳しく書き綴っております。
この後、岩本博義氏が自宅でお茶を淹れてくれました。
目の前にセットされた茶器を見て、私は「こんなツールがあるのか?」と驚き、湯冷ましを使ってお湯の温度を下げてから急須に注ぐ理由を教えてくれて、そして、淹れてくれたお茶が玉露でした。
「玉露って何?」
私は初めて聞く茶葉の名に惹かれながら玉露を口へと運びました。
「えっ、これがお茶なの?」
私は衝撃的な美味しさに驚き、感動さえ覚えました。
ふくよかな甘さが心地よく広がり、気持ちを落ち着かせてくれる。
今まで飲んでいた煎茶とはまったく違う次元の味わいに、私はすっかり魅了されました。
その後、私は玉露と茶器のことを調べて、茶器を購入しようと思い、インターネットで調べてみましたが、その当時はインターネットを上手く使えなかったためか、茶器にたどり着けませんでした。
結局、そのまま年月が流れていきましたが、あの日の玉露と茶器のことはずっと覚えていて、心の奥底で何やらフワフワと彷徨っているような感覚を抱いていました。
私は、昨年からサムライ茶人として活躍している岩本博義氏のホームページや動画などをよく見るようになり、動画がアップされる度に必ず見ようになりました。
そんな中で、ふと思いました。
「玉露をつくろう」
あの日から21年を迎えよとしている今になって、心の声が聞こえたように感じて、
「これは、新たな挑戦だ!!!」
と玉露をつくるための準備を始めた次第です。
ドメーヌ・ユメミの栽培方法は、ブドウもライムも、そして、イチゴも、温室ハウスを活用した特殊施設栽培です。
玉露と碾茶用の茶樹品種「さみどり」を取り寄せて、特殊施設栽培でどこまでできるのか、挑戦します。
ドメーヌ・ユメミにまた新たな風が吹き始めました。
「今年もやるぞ!!!」
強い想いが私の心に広がっております。
夢見操一
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